憂欝いううつ)” の例文
血腥ちなまぐさい事件の豫感に、平次は一寸ちよつと憂欝いううつになりましたが、直ぐ氣を變へて、ぞんざいに顏を洗ふと、びんを撫で付け乍ら家へはひつて行きました。
それも空虚な時間を過しかねる彼の気弱さからだと思はれたが、夫婦生活の憂欝いううつ倦怠けんたいから解放された気安さだとも解釈されない事もなかつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
實際じつさいうんのつかないときたらこれほど憂欝いううつあそびはないし、ぎやくうんなみつて天衣無縫てんいむほうパイあつかへるときほど麻雀マージヤンこゝろよ陶醉たうすゐかんじるときはない。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
汽笛は勤勉ならざる者には堪へがたい威嚇ゐかくであつた。一日でも骨折を惜んで血税を怠る者をたちま憂欝いううつにした。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
あの言葉は、忘れ去つてゐた古傷に、さはられたやうな痛さである。赤羽の工兵隊に召集されて、南京ナンキン攻略に行つた時の、あの憂欝いううつな戦争が、脳裡なうりをかすめた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
憂欝いううつの色が見えるんですもの、そりや梅子さん貴嬢ばかりぢやない、誰でも、としと共に苦労も増すにきまつて居ますがネ、だ私、貴嬢の色に見ゆる憂愁いうしうの底には
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「犬の幽霊が野原をああして駆けまはつて居たのだ。さうして、さういふ霊的なものは俺にばかりしか見えないのだ……。」……憂欝いううつの世界、呻吟しんぎんの世界、霊が彷徨はうくわうする世界。
彼の後のふすまが、けたたましく開放あけはなされなかつたら、さうして「お祖父ぢい様唯今。」と云ふ声と共に、柔かい小さな手が、彼のくびへ抱きつかなかつたら、彼は恐らくこの憂欝いううつな気分の中に
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
あの憂欝いううつ——丑松が以前の快活な性質を失つた証拠は、眼付で解る、歩き方で解る、談話はなしをする声でも解る。一体、何が原因もとで、あんなに深く沈んで行くのだらう。とんと銀之助には合点が行かない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ふりつづく長い長い憂欝いううつ単音律モノトニー
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
二三日憂欝いううつな考へにとざされ乍ら、何時八五郎に脅かされるかも分らない心持で、此の報告を待つて居た平次だつたのです。
夜遊びの癖をめるのも困難だつたが、一度崩れたものを盛り返さうなどと云ふことは、考へるだけでも憂欝いううつであつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
苫小牧とまこまいは製紙工場のあるだけで知られた寂しい町で、夏ながら單調な海岸の眺めも灰色で、何となく憂欝いううつだつた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
東京を去る時よりも、もつとひどい憂欝いううつさで、ゆき子は自分の避難所へ富岡を連れて戻つて来た。母屋おもやの荒物屋へ帰つた挨拶に行くと、お神さんは厭な顔をしてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
やるせなき肉体の憂欝いううつ
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼は彼女の憂欝いううつな気分を悲しく思つたが、女は自分を如何にして幸福にしようかと悩んでゐる彼を哀んだ。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
さうして彦太郎は、影法師の憑きものに惱まされながら、次第に憂欝いううつに絶望的になつて行つたのでせう。
どつちを向いても、余り幸福ではない、下の姉や、仏の娘を初めとして、寄つてくる多勢の血縁の人達の生活に触れるのも、私に取つては相当憂欝いううつなことであつた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
平次はすつかり憂欝いううつになりました。
「床が板でないので、少し憂欝いううつですね。」
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)