悲愴ひそう)” の例文
おりうのために家をつぶし、侍であることも捨てながら、やけになったり、のんだくれることで自分を悲愴ひそうにみせかけようとしたりはしない。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一同の悲愴ひそうな決意を見るにつけ、ケートは心のなかで泣いた、少年らがいかに胆力たんりょくがあり、知恵があるとしても、悪漢どものすぐれた体格や
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
厳粛にして悲愴ひそうなる空気が座に満ちた。かかる場合、誰しも雑念は失せ、良心は正しき状態に立ちかえり、神に向かって集中せられるでありましょう。
第一に挙げられるのは、最近に入ったチャイコフスキーの『悲愴ひそう交響曲』(二三六八一—五、アルバム二一)だ。これはもう絶対的なレコードである。
お産の日が近づくとミチは広島から、見習奉公をしていた妹のカヤノは大阪から、まるで母親の臨終にかけつけたような悲愴ひそうな顔つきをして戻ってきた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
僕はここへ来てこの景色を見るといつもなんだか悲愴ひそうな厳粛な気持ちになって祝福したい心にみたされるんですよ。この町は実に苦しんだのですからね。
闇太郎は、あるいは怒りあるいは歎き、悲愴ひそうな雪之丞の身の上ばなしに、耳を傾けて、あまたたびうなずいたが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
二三軒隣では、人品骨柄じんぴんこつがら天晴あっぱれ黒縮緬くろちりめんの羽織でも着せたいのが、悲愴ひそうなる声を揚げて、ほとんど歎願に及ぶ。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「雲ゐにてながむるだにもあるものを袖にやどれる月を見るらむ」と老女の悲愴ひそうの感をのべたのがある。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
凍るような北風が吹いて、彼のまわりのすべてのものに悲愴ひそうな気を与えていた。あたりの灌木かんぼくはいうにいわれぬ狂暴さでそのやせた小さな枝をふり動かしていた。
かれには悲愴ひそうかんほかに、まだ一しゅ心細こころぼそかんじが、こと日暮ひぐれよりかけて、しんみりとみておぼえた。これは麦酒ビールと、たばことが、しいのであったとかれつい心着こころづく。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「——きゃッ!」これが——彼女が良人へ残して行った悲愴ひそうな終りの一声であった。それと共に、彼女のからだは、欄干からのめり落ちて、御堂の真下へもんどり打った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、罪を言いわたされた絶望の時に当って彼が後の世の人に訴えた悲愴ひそうなことば。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
十字架につかざるを得ない義人の宿命を仰恋する事に於いてもえて人後に落ちるものでは無かったが、しかし、どうも、教会の職業的なヤソ坊主の偽善家みたいな悲愴ひそうな表情や
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのときこそ刀折れ、矢尽きるまで、悪魔と神様を相手に組打ちもするし、とばしもするし、めったやたらに乱戦乱闘してやろうと悲愴ひそうな覚悟をかためて、生きつづけてきたのだ。
私は海をだきしめていたい (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
事によったら、もう少し飲み足すつもりかなんかで、いくらか借りに来たのだったかも知れないが、悲愴ひそうな顔をして曽根が寝ているのを見ると、それどころではなく静かに近寄って
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
悲愴ひそうに人のはらわたを断つの声ではあるが、どこまで行ってもお銀様としてはそれに名づくべき名を知らない曲であるのに、向う岸の人は、もはやとうにこれを了して、命じて「関山月」と言った。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は口ごもり、言葉にまごつき、句読点を飛び越し、何にもわからない様子であったが、しかも非常に感動していて、悲愴ひそうな部分になると、涙が出て来るのを感じて、読みやめなければならなかった。
しかもその何処かにすこしく悲愴ひそうな懐古的気分を漂わせている。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
オニイルだって、いつも悲愴ひそうな時ばかりではなかったであろう。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「交響曲第六番ロ短調=悲愴ひそう(作品七四)」はチャイコフスキー畢世ひっせいの大傑作で、これが完成後間もなく死んだために、「死の予感」だとも言われている。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
その悲愴ひそう眼差まなざしの中には、不可能事から来る眩暈めまいと閉ざされたる楽園とに似た何かがあった。
悲愴ひそうな決意が洞のなかにながれた、洞内の戸には堅牢けんろうなかんぬきがはめられて、戸の内がわには大石が運ばれ、スワといえば、これを積みあげて胸壁きょうへきに使用する、戸のわきには窓があけられ
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
女の心事はいささか悲愴ひそうなものがあったが、私のようなニヒリストにはただその通俗が鼻につくばかり、私は蒲団をかぶって酔いつぶれ寝てしまう、女は外套もぬがず、壁にもたれて夜を明し
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
悲愴ひそうなぞたるマブーフ氏の死、殺されたバオレル、「きてくれ!」と叫んでるクールフェーラック、追いつめられてる少年、それを助けあるいはそのあだを報ぜんとしている友人ら
大破滅のうちには往々にして、かかる悲愴ひそうな夜の助けを伴うものである。