ゆるが)” の例文
これ等が凍上によって著しく冬期の運輸が妨げられるという風なことがあれば、これは国防上からも一日もゆるがせに出来ない話である。
凍上の話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
就中近頃の小説の文章に、音律といふことがゆるがせにされて居る、何うしてゆるがせ處ではない、頭から文章の音律などは注意もしてゐないやうに思ふ。
文章の音律 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
同じく喜捨のお鳥目をおしまず、かてて加えては真宗の人も、浄土の人も、真言、天台、禅、曹洞、諸宗の信徒悉く合掌礼拝、一応の崇敬をばゆるがせにせず、帰りには名物の煎餅
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
妾は嬰児えいじ哺育ほいくするのほか、なお二児の教育のゆるがせになしがたきさえありて、苦悶くもん懊悩おうのううちに日を送るうち、神経衰弱にかかりて、臥褥がじょくの日多く、医師より心を転ぜよ、しからざれば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
月々ノ家計ハ数年前マデ婆サンガ処理シテイタガ、イツカラカ颯子ガ当ッテイル。婆サンノ説ニ依ルト颯子ハアレデナカ/\計数ニ委シク、出入ノ商人ノ請求書ナドモゆるがセニシナイ。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いはやこぶを噛みしめ乍ら、美しい歌舞妓の世界の実現を相誓つた両氏には、確かに訣る。此ほど痛切に、人物経済といふことをゆるがせにした例は、さうあるものではないと言ふことだ。
あたかも欧米に沙翁学シェキスペリアナを事とする人多く、わずか三十七篇の沙翁の戯曲の一字一言をもゆるがせにせず、飯を忘れ血を吐くまでその結構や由来を研究してやまず。がんが飛べば蝦蟆がまも飛びたがる。
はかることは一にちゆるがせにすることの出來できない急務きふむだとかんがへざるをなかつた。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
子供の無邪氣むじやきに對する惡例の危險、つた方から云へばつとめをゆるがせにする結果と紛亂——互の親和と信頼、それから出て來る自信——それに伴ふ横着わうちやく——反抗——そしておきまりの爆發。
治者恭敬にして信なるが故に、民その力を尽くしたからである。その邑に入れば民家の牆屋しょうおくは完備し樹木は繁茂はんもしている。治者忠信にして寛なるが故に、民その営をゆるがせにしないからである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
月日と共に一時の用心もおのずからゆるがせになった時、今夜突然、自分の乗っている車の運転手から呼び掛けられ、君江はさすがにびっくりはしたものの、知らぬ顔で押通すにくはないと思定め
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
... 僕は人道雑誌発行の一日もゆるがせにすべからざるを思うね」小山
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
毅堂が晩年往々にして人より倨傲きょごうそしりを受けたのは全く故なき事ではない。毅堂は三礼の攻究にもっとも力を尽した学者で、その平生においても辞容礼儀には極めて厳格でごうもこれをゆるがせにしなかった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)