巌頭がんとう)” の例文
やがて、三名が、浪飛沫なみしぶき巌頭がんとうから足をめぐらして、土産物屋の前を通りかかると、先刻さっきから眸を放たずにいた武家とその娘が
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
恐々こわごわながら巌頭がんとうに四つんいになると、数十丈遥か下の滝壺は紺碧こんぺきたたえて、白泡物凄ものすごき返るさま、とてもチラチラして長く見ていることが出来ぬ。
生死巌頭がんとうに立って、をかしいぞ、はてな、をかしい、はて、これはいかん、あいた、いた、いた、いた、いた
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
折る者がなかったしかるに天は痛烈つうれつな試練をくだして生死の巌頭がんとう彷徨ほうこうせしめ増上慢ぞうじょうまんを打ちくだいた。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人は「帰るかい」と云った。武右衛門君は悄然しょうぜんとして薩摩下駄を引きずって門を出た。可愛想かわいそうに。打ちゃって置くと巌頭がんとうぎんでも書いて華厳滝けごんのたきから飛び込むかも知れない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
の『巌頭がんとうの感』は失恋の血涙の紀念です、——彼が言ふには、我輩は彼女かのぢよを思ひ浮かべる時、此の木枯こがらし吹きすさぶが如き荒涼くわうりやうの世界も、忽ち春霞しゆんか藹々あい/\たる和楽の天地に化する
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
層々相重なる幾つかの三角形から成り立つような山々は、それぞれの角度をもって、剣ヶ峰を絶頂とする一大巌頭がんとうにまで盛り上がっている。隠れたところにあるその孤立。その静寂。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかしとうとう非常に静かになって、ただ以前の山のように高い大波があり、陸地の所々に角立った巌頭がんとうが露出している。彼女が海上を眺むれば、ただ幾つもの山が奔り流れつつ波間に旋転している。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
私は舟よりあがって、とある巌頭がんとうじのぼった。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それも充分知っての上の正成とすれば、大言には似るが、あえて自分を巌頭がんとうに立たせるためにも、このくらいなことはいったかもわからない。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
趣味の何物たるをも心得ぬ下司下郎げすげろうの、わがいやしき心根に比較していやしむに至っては許しがたい。昔し巌頭がんとうぎんのこして、五十丈の飛瀑ひばくを直下して急湍きゅうたんおもむいた青年がある。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
前号でお別れしてから横断旅行の一隊は、炎天に照り付けられ、豪雨に洗われて、そのこうを続けた。峠を越すこと四、人跡絶せる深山に分け入り、峡谷の巌頭がんとうじてついた日本海沿岸に出た。
わがこのおそれるところの死なるものは、そもそも何であるか、その本質はいかん、生死巌頭がんとうに立って、おかしいぞ、はてな、おかしい、はて、これはいかん、あいた、いた、いた、いた、いた
楢ノ木大学士の野宿 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
よろうて、一つの巌頭がんとうへ取ッついた。そして、下をのぞいたが——そのとき、かなたの岸から、石切り男の一群が、瀬の岩から岩を跳び渡って来るのが見えた。盛遠は、パッと、すぐ逃げた。
つまりは彼として身を巌頭がんとうにおいたもので、強いて盲目な勇に自己を駆るべくむしろ孤独を必要としたのだろう。淵辺伊賀守義博という四十男は、こうして大塔ノ宮刺殺の腹じたくをまずは作った。