寛濶かんかつ)” の例文
「なんの、なんの、丞相の寛濶かんかつな度量は、何ものにも、くらべるものはありません。誰よりも、それがしが深く知っておるつもりです」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南欧の寛濶かんかつな性質は、その天分を少しも惜しむところなく発揮し、客間的な美や書籍上の明知をこしらえることには興味をもたないが
ごくしぜんであるし、少しもみだらがましい感じがない。好むままを自由に楽しんでいるという、いかにも寛濶かんかつな態度であった。
顔を上げずにいるので、誰だかまだわからない。——斉広は、何か用が出来たのかと思ったので、煙管きせるをはたきながら、寛濶かんかつに声をかけた。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
円味をもったそでや、束髪そくはつなぞの流行はやって来た時世にあって考えると不思議なほど隔絶かけはなれている寛濶かんかつ悠暢ゆうちょうな昔の男女の姿や
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
永井播磨守と池田甲斐守が、大廊下を通って柳営りゅうえいへ行くと、老中阿部伊勢守あべいせのかみは待ちかねていたようにさしまねき、寛濶かんかつに顔をほころばせながら
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
赤坂山王下さんのうした寛濶かんかつにぎやかさでもなく、六本木あおい町間の引締った賑やかさでもなく、この両大通りを斜にって、たいして大きい間口の店もないが
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
友達は多く彼の寛濶かんかつうらやんだ。宗助も得意であった。彼の未来はにじのように美くしく彼のひとみを照らした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
色よしとする通町辺とおりちょうへんの若旦那に真似のならぬ寛濶かんかつ極随ごくずい俊雄へ打ち込んだは歳二ツ上の冬吉なりおよそここらの恋と言うは親密ちかづきが過ぎてはいっそ調ととのわぬが例なれど舟を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
葉子はそこにいかにも伊達だて寛濶かんかつな心を見せているようだったが、同時に下らない女中ずれが出来心でも起こしはしないかと思うと、細心に監視するのも忘れはしなかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
唐桟とうざんを喜んだり、結城ゆうきを渋がったりするのは、幕末頃の因循な町人趣味を受け継いで居るんだ。現代の日本人は宜しく慶長元禄時分の、伊達だて寛濶かんかつな昔の姿に復らなければいけない。
金色の死 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と左右へ、羽織の紐のれるばかり大手を拡げ、寛濶かんかつな胸を反らすと
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
学生は学生らしくすべしという訓戒をたれた敬虔けいけんな態度を見ると、竹やりむしろ旗の暴動よりも、静粛の方がどれだけりっぱかしれないという溶々ようよう大海のごとき寛濶かんかつな気持ちが全身にみなぎった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
しなければならない、もう少し寛濶かんかつな気持になって、楽しむことは楽しんで生きなければ……あとで悔んでも若い日をとり戻すことはできないぞ
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
だんだら模様の烏帽子えぼしをかぶり、三番叟さんばそうらしい寛濶かんかつな狂言の衣裳をつけ、鈴を手にしたおいの姿が、彼の目に見えて来た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お上が寛濶かんかつに思い捨てられたのなら、こちらも悪い冗談と、笑ってすませればよろしからん。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
沈剛内勇、まことに寛濶かんかつな男で、しかも武芸は三軍に冠たるものがある。……こんどの戦こそ、日頃の恋をとげるにはまたとない好機。なんとかして彼を麾下に加えたいものである。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
目の光にさえもとのように大海にのみ見る寛濶かんかつ無頓着むとんじゃくなそして恐ろしく力強い表情はなくなって、いらいらとあてもなく燃えさかる石炭の火のような熱と不安とが見られるようになった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
半蔵らに言わせると、鈴の屋の翁にはなんと言っても天明寛政年代の人の寛濶かんかつさがある。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
玉造の家から八百助が出て来た、例のきらびやかな着付けに黄金作りの太刀をき、笠はかぶらず、絵からぬけ出たような美男ぶりを見せながら、右手に扇を持って寛濶かんかつに歩いてゆく。
花栄かえいは感服した。宋江のどこまで人を憎まない寛濶かんかつな態度には自然頭が下がる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分たちの暮らし向きはまるでそんな事も考えないような寛濶かんかつなものだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
茶屋と三浦屋の間を遊行するという至極の寛濶かんかつさだった。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
東京の元園町の友人の家からわざわざ送り届けてくれた褞袍どてらは随分役に立って、長い冬の夜なぞは洋服の上にそれを重ね寛濶かんかつな和服の着心地きごこちを楽みながら机にむかったものであったが
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)