一廓いっかく)” の例文
住居も、一廓いっかくのうちに、家族たちのいる奥とよぶ所と、彼の愛妾あいしょうたちを置く、しもむねとよぶところと、ふた所にわかれている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この建物の全体の構造から来るのであろうか、この建物の一廓いっかくに起るすべての物音は自然に中央に向って集まるように感ぜられるのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
これから発達しようという由布院の温泉地の一廓いっかくからは全くかけ離れているので、少しも気づまりな点がなかった。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その日はある高貴なお方の御来場をあおぐというので、午後二時から、各陳列場の入口をとざし、一般観衆はしばらくの間、余興場の立並ぶ一廓いっかくへと追い出された。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
細川越中守えっちゅうのかみ屋敷の少し先、雑司ヶ谷鬼子母神にいたる一廓いっかくに百姓風ながら高々と生垣をめぐらし、藁屋根わらやねひさしらした構え、これに玄関を取付け、長押なげしを打ったら
この附近には古画ふるえや古本や文房具の類をあきなっている店が軒を並べて一廓いっかくしている町がある。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
めっきりと冷える朝ではあったが、そこはうしろになだらかな斜面しゃめんを持った山をめぐらした、風のあたらない、なごやかな日だまりになった一廓いっかくで三四軒の家がいずれも紙をすいていた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ここいらは厩戸皇子うまやどのおうじの御住居のあとであり、向うの金堂こんどうや塔などが立ち並んでおのずから厳粛な感じのするあたりとは打って変って、大いになごやかな雰囲気を漂わせていてしかるべき一廓いっかく
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
右の方は畑を越して武家屋敷から町家につづいているものらしく、左の方を見ると、そこに一廓いっかくの人家があって、あたりの淋しいのにそこばかりは、昼のようにかがやいているのを認めます。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もよおしのかかることは、ただ九牛きゅうぎゅう一毛いちもうに過ぎず候。凱旋門がいせんもんは申すまでもなく、一廓いっかく数百金を以て建られ候。あたかも記念碑の正面にむかひあひたるが見え候。またそのかたわらに、これこそ見物みものに候へ。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼はそのきたならしい一廓いっかくを——さまの御屋敷という名で覚えていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
都大路みやこおおじ一廓いっかく。……とある辻広場。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
何して喰べ何しに生きているのやら分らない浮浪人の徒が、仁王におうのいない仁王門の一廓いっかくを領して、火をいたり着物を干したり、寝そべったり、物を食ったり、えんとして
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひょっこり釣堀のこわれかかった小屋が立っていたりする、妙に混雑と閑静かんせいとを混ぜ合わせた様な区域であったが、そのとある一廓いっかくに、このお話は大地震よりは余程以前のことだから
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)