“すけ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:スケ
語句割合
助43.8%
介24.7%
佐15.7%
亮4.5%
典侍3.4%
少2.2%
輔2.2%
助帳場1.1%
寡1.1%
少額1.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
とにこにこしながら、いばって帰(かえ)っていきました。そして帰(かえ)るとさっそく、お隣(となり)のちゅう助(すけ)ねずみを娘(むすめ)のお婿(むこ)さんにしました。
ねずみの嫁入り (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
間(ま)もなく院(いん)さまは三浦(みうら)の介(すけ)と千葉(ちば)の介(すけ)と二人(ふたり)の武士(ぶし)においいつけになって、何(なん)百騎(き)の侍(さむらい)で那須野(なすの)の原(はら)を狩(か)り立(た)ててわたしを射(い)させました。
殺生石 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その上にも、鎌倉からは、長井遠江守、長崎孫四郎、南条高直、雑賀隼人(さいかはやと)ノ佐(すけ)らが、ぞくぞく応援のため、軍兵(ぐんぴょう)をつれて上洛もしている今。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「鎌倉最後の探題、赤橋修理(しゅり)ノ亮(すけ)英時(ひでとき)(北条英時)どのが御自害の地はここだったな」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やはり天皇の御寝(ぎょし)に侍るひとりに、大納言ノ典侍(すけ)という麗人がある。いつしか、東宮仕えの堀川ノ具親(ともちか)と忍び逢うて、宮中から馳け落ちした。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きん「はい魚政(うおまさ)かえ…いゝえ此の頃出来た魚屋でございますから、器物(いれもの)が少(すけ)ないのでお刺身を持って来ると、直(すぐ)に後(あと)で甘煑(うまに)を入れるからお皿を返して呉れろと申して取りに来ますので」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
法諡(ほふし)梅翁日實居士である。九代は又三右衞門と稱し、後に三輔(すけ)と改めた。素細工頭(もとさいくがしら)支配玉屋市左衞門の子である。明治十年十一月十一日に六十四歳で歿し、明了軒唯譽深廣連海居士と法諡(ほふし)せられた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
実はぼくは中学を出てから白馬研究会へ通ふことになるまで、絵かきになるまでは、右の帳付けをするいろはの助帳場(すけ)を当分やつてゐたのである。
両国界隈 (新字旧仮名) / 木村荘八(著)
向うは高(たか)が寡(すけ)ないから、若党でも何(なん)でもよいから、堅い者なればというのだから、手前なれば極(ごく)よかろうとあらまし相談が整った所が、隣の草履取の孝助めが胡麻をすった為に
私の本の見方が、大人より大切にして、キチンと座って読んでいるのに、先方の老女が感心して安くしてくれたのだと、——それにしても、あんまり少額(すけ)ないお礼に驚いた。