“かゝ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
掛16.2%
懸11.1%
抱10.6%
拘9.3%
罹8.4%
斯6.2%
關4.9%
係3.8%
掲3.6%
架3.5%
母2.4%
嚊2.2%
恁2.0%
費1.6%
繋1.5%
嬶1.5%
蒐1.1%
関1.1%
擁1.1%
要1.1%
呵々0.7%
褰0.7%
被0.5%
缺0.4%
挑0.4%
掻0.4%
書0.4%
蹇0.4%
女房0.2%
上0.2%
媽々0.2%
家々0.2%
寄0.2%
恃0.2%
挂0.2%
携0.2%
欠0.2%
注0.2%
皸0.2%
着手0.2%
罷0.2%
舁0.2%
釣0.2%
關係0.2%
麗0.2%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
櫻(さくら)の樹(き)の梢(うら)を、ぱつと照(て)らして、薄明(うすあか)るく掛(かゝ)るか、と思(おも)へば、颯(さつ)と墨(すみ)のやうに曇(くも)つて、月(つき)の面(おもて)を遮(さへぎ)るや否(いな)や、むら/\と亂(みだ)れて走(はし)る……
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
然(しか)も猶(なほ)これは眞直(まつすぐ)に眞四角(ましかく)に切(きつ)たもので、およそ恁(かゝ)る角(かく)の材木(ざいもく)を得(え)ようといふには、杣(そま)が八人(にん)五日(いつか)あまりも懸(かゝ)らねばならぬと聞(き)く。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
門野(かどの)は一寸(ちよつと)其様子を覗(のぞ)きに来(き)たが、代助の平生を知つてゐるので、言葉も掛けず、椅子に引(ひ)つ掛(か)けてある羽織丈を抱(かゝ)へて出(で)て行つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
にも拘(かゝ)わらず虎口(ここう)を脱したのは、憎まれる半面にそれだけ惜しまれてもいたのであろうが、一つには彼の気転と才智とに依るのである。
一度クロープ性肺炎に罹(かゝ)り発熱して血痰(けつたん)が出たりした時、女が私に内証で国許(くにもと)に報じ、父が電報で上京の時間まで通知して来たが
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
半次郎(はんじらう)が雨の夜(よ)の怪談(くわいだん)に始めてお糸(いと)の手を取つたのも矢張(やはり)斯(かゝ)る家の一間(ひとま)であつたらう。長吉(ちやうきち)は何(なん)とも云(い)へぬ恍惚(くわうこつ)と悲哀(ひあい)とを感じた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
理性のこれについて知るところは我皆汝に告ぐるをう、それより先は信仰に關(かゝ)はる事なればベアトリーチェを待つべし 四六—四八
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「ね、若旦那、打ちあけて言つて下さい。これは大事の事だ。人間の眼玉幾つにも係(かゝ)はる上に、何萬兩といふ夜光石(ダイヤ)にもかゝはります」
前(まへ)に内外(ないがい)の火山(かざん)を巡見(じゆんけん)した場合(ばあひ)の記事(きじ)を掲(かゝ)げて置(お)いたが、諸君(しよくん)若(も)し兩方(りようほう)を比較(ひかく)せられたならば、國内(こくない)の火山作用(かざんさよう)は概(がい)して穩(おだや)かであつて
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
白い洲の上流は、河になつてゐると見えて、高い堤の上に、珍しい程メカニックな大きい吊橋(つりばし)がアーチのやうに架(かゝ)つてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
今日までろくに口もきかないが、其様(そん)なに私が気に入らなければ、お母(かゝ)さんに話を附けて貰って離縁状を書いて下さいよ
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「西さんそこへと飛んで來て、何をするかと見てあれば、高天原(たかまのはら)に神(かん)ずまり、嚊(かゝ)の腹に子がやどる。……」
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
恁(かゝ)る田舍の習慣で、若い男は、忍んで行く女の數の多いのを誇りにし、娘共も亦、口に出していふ事は無いけれ共、通つて來る男の多きを喜ぶ。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
上下(かみしも)から小袖まで相当のものを買調(かいとゝの)えなければなりません、けれども若旦那のお買物に多分に費(かゝ)りますので、自分の支度金どころではありません
それからその一家の経済的窮状や、死活問題の繋(かゝ)っている鉱山の話などしながら、次ぎ次ぎに運ばれる料理を食べていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
參詣人へも愛想よく門前の花屋が口惡る嬶(かゝ)も兎角の蔭口を言はぬを見れば、着ふるしの裕衣、總菜のお殘りなどおのづからの御恩も蒙るなるべし
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その成金の一人に、神戸に上西(うへにし)亀之助氏がゐる。懐(ふところ)加減が宜(い)いだけに金の蒐(かゝ)るものならどんな物でも好きだが、たつた一つ自動車だけは好かない。
『だつて、校長先生、人の一生の名誉に関(かゝ)はるやうなことを、左様(さう)迂濶(うくわつ)には喋舌(しやべ)れないぢや有ませんか。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
独りで嬰児(あかんぼ)を擁(かゝ)へて居る人とか——まだ何処へも嫁(とつ)がずに長唄の稽古に通つて居る人とか——医者の家(うち)に雇はれて、立派にして町を歩いて居る人とか——
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
『否(いゝ)え、否(いゝ)え!冐險談(ばうけんだん)が先(さ)き』云(い)つてグリフォンは焦心(じれ)ッたさうに、『説明(せつめい)なンて、時間(じかん)ばかり要(かゝ)つて仕方(しかた)がない』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
迂生昨年五月以来、一晩も欠かさず冷水浴を継続致居り候為めか、身体の工合致つて宜(よろ)しく、明けて四十二歳になるが人々にはどうしても三十五歳にしか見えぬ由に候。呵々(かゝ)。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
一条(ひとすぢ)の山径(やまみち)草深くして、昨夕(ゆうべ)の露なほ葉上(はのうへ)にのこり、褰(かゝ)ぐる裳(もすそ)も湿(ぬ)れがちに、峡々(はざま/\)を越えて行けば、昔遊(むかしあそび)の跡歴々として尋ぬべし。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
色(いろ)が真蒼(まつさを)で、目(め)も血走(ちばし)り、伸(の)びた髪(かみ)が額(ひたひ)に被(かゝ)つて、冠物(かぶりもの)なしに、埃塗(ほこりまみ)れの薄汚(うすよご)れた、処々(ところ/″\)釦(ボタン)の断(ちぎ)れた背広(せびろ)を被(き)て、靴(くつ)足袋(たび)もない素跣足(すはだし)で、歩行(ある)くのに蹌踉々々(よろ/\)する。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
これより旬日(じゆんじつ)の前(まへ)までは、前田(まへだ)加賀守(かがのかみ)治脩公(ちしうこう)、毎朝(まいてう)缺(かゝ)すことなく旭(あさひ)を禮拜(らいはい)なし給(たま)ふに、唯(たゞ)見(み)る寂寞(せきばく)たる墓(はか)の下(した)に、金城(きんじやう)の蒼生(たみ)皆(みな)眠(ねむ)りて、彌望(びばう)、極顧(きよくこ)、活色(くわつしよく)なく、眼(め)の下(した)近(ちか)き鍛冶屋(かぢや)にて
鉄槌の音 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ともしびをまたも挑(かゝ)げよ
満座の中で恥を掻(かゝ)せやうとしたりするので、煩いから彼は相手にしなかつたまでゞある。
小川の流れ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
立て今日御奉行樣がお秀を取戻(とりもど)して遣はすと仰せられた故離縁状は何樣(どう)しても書(かゝ)ずと云ふに番頭久兵衞は甚だ困(こま)り果(はて)否(いや)然樣(さやう)なる事を云はれたとて離縁状を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何時も馬の子の様に、母の跡に附き、親父の穿き古した、ぼろ/\の袴(ずぼん)の、垂れて地を払ふのを、片手で撮(つま)んで歩くのは、丸で天気の悪い時に、善い衣(きもの)を着た女が、裾(すそ)を蹇(かゝ)げるやうです。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
情無い此我はよと、羨ましいがつひ高(かう)じて女房(かゝ)にも口きかず泣きながら寐ました其夜の事、五重塔を汝(きさま)作れ今直つくれと怖しい人に吩咐(いひつ)けられ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
折角丹誠に丹誠凝らして、定めし冷て寒からうに御寝みなされと親切で為て呉るゝ女房(かゝ)の世話までを、黙つて居よ余計なと叱り飛ばして夜の眼も合さず、工夫に工夫を積み重ね
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
上(かゝ)れ、主の如く磔刑(はたもの)に。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
馬鹿(ばか)だといふものやら、番小屋(ばんごや)の媽々(かゝ)に似(に)て此奴(こいつ)も何(ど)うかして居(ゐ)らあ、といふものやら、皆(みんな)獣(けだもの)だ。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)巧(たくみ)を極(きは)め、喬木(けうぼく)高樓(かうろう)は家々(かゝ)に築(きづ)き、花林曲池(くわりんきよくち)は戸々(こゝ)に穿(うが)つ。さるほどに桃李(たうり)夏(なつ)緑(みどり)にして竹柏(ちくはく)冬(ふゆ)青(あを)く、霧(きり)芳(かんば)しく風(かぜ)薫(かを)る。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
妹婿(いもうとむこ)が商法上の失敗から、夫婦して湯村の家へ寄(かゝ)つてから最う三月近くになる。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
而(さう)して其(そ)れから家(うち)の暖(あたゝか)い閑靜(かんせい)な書齋(しよさい)に歸(かへ)つて……名醫(めいゝ)に恃(かゝ)つて頭痛(づつう)の療治(れうぢ)でも爲(し)て貰(も)らつたら、久(ひさ)しい間(あひだ)私(わたくし)はもうこの人間(にんげん)らしい生活(せいくわつ)を爲(し)ないが、其(それ)にしても此處(こゝ)は實(じつ)に不好(いや)な所(ところ)だ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
桂樹(けいじゆ)挂(かゝ)り
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
風呂敷包を携(かゝ)へながら紙問屋の店頭(みせさき)まで行きますと、そこに居る番頭が直ぐ私を見つけまして、小僧にそれと知らせたものです。
目科も何やら余に交(まじわ)りを求めんとする如く幾度と無く余を招きて細君と共々に間食(かんじき)を為(な)し殊(こと)に又夜に入(い)りては欠(かゝ)さず余を「レローイ」珈琲館まで追来(おいきた)り共に勝負事を試みたり、斯(か)くて七月の一夕(あるゆうべ)
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
殺(ころ)し血が走(はし)りて注(かゝ)らは裾(すそ)而已(のみ)ならず或は襟(えり)又は袖(そで)などへも注(かゝ)るべきに何ぞ裾(すそ)ばかりに引べきや此儀(このぎ)合點(がてん)行(ゆか)ずシテ其猿島川(さるしまかは)より寶田村迄道程(みちのり)何程有やと聞るゝに伊藤卅町程の道程(みちのり)なりと答(こた)ふれば大岡殿斯(かく)道程(みちのり)の有所にて人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
稲つけば、皸(かゝ)る我が手を 今宵もか 殿の若子(わくご)がとりてなげかむ
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
大佐閣下(たいさかつか)も餘程(よほど)前(まへ)から此(この)企(くはだて)はあつたので、すでに製圖(せいづ)まで出來(でき)て居(を)るのだが、海底戰鬪艇(かいていせんとうてい)の方(ほう)が急(いそ)がしいので、力(ちから)を分(わ)ける事(こと)が出來(でき)ず、何(いづ)れ艇(てい)の竣成(しゆんせい)後(ご)、製造(せいぞう)に着手(かゝ)らうと仰(おつ)しやつて居(い)るのだが
或時は主人の店火災に罷(かゝ)りし為め余の働口一時途切れ、加ふるに去月十日より風邪(かぜ)の気味にて三週間ばかりぶらぶらし、かた/″\碌(ろく)な事これなく候。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
錦(にしき)につゝみ女中一人外(ほか)に附(つき)の女中三人添(そひ)の捨子(すてご)とし給ふ加納將監は乘物(のりもの)を舁(かゝ)せ行き直樣(すぐさま)拾(ひろ)ひ上乘物(のりもの)にて我家(わがや)へ歸り女房に渡(わた)して養(やしな)ひ奉つりぬ加納將監は本高(ほんだか)六百石なるが此度(このたび)二百五十石を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
鮎を釣(か)けてゐるのであらう、編笠を冠つた背の高い男が、腰まで水に浸つて頻りに竿を動かしてゐる。種鮎か、それとも釣(かゝ)つたのか、ヒラリと銀色の鰭が波間に躍つた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そこねもして愛想(あいそ)づかしの種(たね)にもならば云(い)はぬに増(まさ)る愁(つ)らさぞかし君(きみ)さまこそ無情(つれなし)とも思(おも)ふ心(こゝろ)に二ツは無(な)し不孝(ふかう)か知(し)らねど父樣(とゝさま)母(はゝ)さま何(なん)と仰(おほ)せらるゝとも他處(よそ)ほかの誰(た)れ良人(をつと)に持(もつ)べき八重(やへ)は一生(いつしやう)良人(をつと)は持(も)たずと云(い)ふものから我(わ)が身(み)とは自(おのづか)ら異(ことな)りて關係(かゝ)はることなく心安(こゝろやす)かるべし浦山(うらやま)しやと浦山(うらやま)るゝ我(われ)を
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
飛簷(ひえん)傑閣隙間なく立ち並びて、その翳(くもり)なきこと珠玉の如く、その光あること金銀の如く、紫雲棚引き星月麗(かゝ)れり。現(げ)にこの一幅の畫圖の美しさは、譬へば長虹を截(た)ちてこれを彩(いろど)りたる如し。