鼻腔びこう)” の例文
鼻腔びこうでだけ呼吸いきをして、眼がかすんで、相手の数も顔もよく見えないために、わざと大きくみはっているようにがひらいてしまった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから死骸の髮の生際はえぎは、眼瞼の裏、鼻腔びこう、唇、喉などとひと通り見終つて、何にかしらに落ちないものがあるやうに首をひねります。
扁桃腺は化膿くわのうしはじめてゐた。日に/\それが咽喉のど一杯にふさがつて行つた。声を出すのが困難であつた。呑んだ牛乳が鼻腔びこうからだらだら流れ出した。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
こういう書きだしで、見廻りにいってみると、五十四人が死んでおり、それがみな焦げた木の枝で躰腔たいこうを突き刺されているのを発見した。口、肛門こうもん鼻腔びこう
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
清冽せいれつな空気が鼻腔びこうから頭へ滲み入ると同時に「秋」の心像が一度に意識の地平線上に湧き上がる。
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その夜、ねむろうとすると、鼻腔びこうにもののにおいがまだしつこく残っているのを彼は感じたが、たしかそれは今日の昼間、小使室で弁当を食べた時いだものにほかならなかった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
蝦夷萩は、鼻腔びこうからひくいうめきに似た息を発し、身を仰向あおむけに転ばして、嬉々ききと、十四の少年が、なすままに、まかせていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まず死骸の側にほうり出してある玄能を見、首に巻付けた恐ろしく頑丈な綱を見、それから死骸の髪の生際はえぎわ眼瞼まぶたの裏、鼻腔びこう、唇、のどなどとひと通り見終って
舌や口蓋や鼻腔びこう粘膜などよりももっと奥の方の咽喉の感覚でわば煙覚とでも名づくべきもののような気がする。そうするとこれは普通にいわゆる五官の外の第六官に数えるべきものかもしれない。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
孫権はなお唇をむすんでしばらく鼻腔びこうで息をしていたが、やがて席を突っ立つや否や、われにも覚えぬような大声でいった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は死人の口中を見て、鼻腔びこうを覗いて、それから喉、首筋と見て行きました。
鼻腔びこうはつきさされるよう、のどはかわいて声さえでぬ。……そこにしばらくもがいていれば煙にまかれて窒息ちっそくはとうぜんだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、肺臓の沈澱物ちんでんぶつでも吐くように、鼻腔びこうから重くるしいため息をついて、椅子の角へ、がっくりと首をのせた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おうっと一声にいう以外、ことばを知らないような感情の閃光せんこうが、面々のひとみに見えた、ひッ吊れたくちに見えた、ふくらんだ鼻腔びこうに見えた、また呼吸に見えた、打ちふるえる手脚に見えた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ津々しんしんと地下泉の湧くなぎさに舌をねぶるけもののうつつなさといった姿態しな。そしてそのうちに女の鼻腔びこう昏絶こんぜつのせつなさを洩らしたと思うと、彼はやにわに胸をのばして巧雲の唇へ移った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浦野民部左衛門の報告を聞き取ってから、一瞬、彼はその大きな眼を、まぶたの中でぎょろりと動かした。ふふうむと、鼻腔びこうから洩る息が聞える。そして、右手の軍配の柄が膝を離れたと思うと
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
義経は、眼をふさぎ、奥歯をかんで、鼻腔びこうでつよい息をしていた。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)