須田町すだちょう)” の例文
田中君はもうその時には、アアク燈に照らされた人通りの多い往来を、須田町すだちょうの方へ向って歩き出した。サアカスがあるのは芝浦しばうらである。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
坂本さかもと寒川さむかわ諸氏と先生と自分とで神田連雀町かんだれんじゃくちょう鶏肉屋とりにくやへ昼飯を食いに行った時、須田町すだちょうへんを歩きながら寒川氏が話した
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自動車は、緩みかけた爆音を、再び高く上げながら、車首を転じて、夜の須田町すだちょうの混雑の中を泳ぐように、けり始めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
勿論、須田町すだちょうの方から廻ってゆく道がないでもないが、それでは非常の迂廻うかいであるから、どうしても九段下くだんしたから三崎町の原をよぎって水道橋へ出ることになる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
須田町すだちょうに出た時、愛子の車は日本橋の通りをまっすぐに一足ひとあし先に病院に行かして、葉子は外濠そとぼりに沿うた道を日本銀行からしばらく行く釘店くぎだな横丁よこちょうに曲がらせた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
或人は東京神田須田町すだちょうの某売薬株を買わせようとした。この株は今廉価を以てあがなうことが出来て、即日から月収三百両乃至ないし五百両の利があるといったのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
浅草橋もあとになし須田町すだちょうに来掛る程に雷光すさまじく街上に閃きて雷鳴止まず雨には風もくわわりて乾坤けんこんいよいよ暗澹たりしが九段を上り半蔵門に至るに及んで空初めて晴る。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
同じような気味のわるいから駕籠が、須田町すだちょうのまんなかにもぽつんと置いてあるというんだ。
須田町すだちょうを通って両国橋の方へつづく電車通りにかけて年の暮れに押し迫った人の往来ゆきき忙しく、売出しの広告の楽隊が人の出盛る辻々つじつじや勧工場の二階などで騒々しい音を立てていた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
新宿まで、この地下鉄で行けると思ったことも、あやまりだった。須田町すだちょうまでくると、無理やりに下ろされちまった。コンクリートの、狭い階段をトコトコ上ってゆくと、地上に出た。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そちこちで、はりさけるような女のさけび声がする、それから先はまるでむちゅうで須田町すだちょうの近くまで走って来たと思うと、いく手にはすでにもうもうと火事の黒烟くろけむりが上っていたと言っています。
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
学校から帰りに、神田かんだをいっしょに散歩して、須田町すだちょうへ来ると、いつも君は三田みた行の電車へのり、僕は上野うえの行の電車にのった。
出帆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小泉純一は芝日蔭町しばひかげちょうの宿屋を出て、東京方眼図を片手に人にうるさく問うて、新橋停留場ていりゅうばから上野行の電車に乗った。目まぐろしい須田町すだちょうの乗換も無事に済んだ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
向うの子供づれは須田町すだちょうで下りた。その跡へは大きな革鞄かばんを抱えた爺と美術学校の生徒が乗ってその前へは満員の客が立ち塞がってしまう。窮屈さとされた人の気息とで苦しくなった。
障子の落書 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
須田町すだちょうの乗換で辰子たつこと分れた俊助は、一時間の後この下宿の二階で、窓際の西洋机デスクの前へ据えた輪転椅子に腰を下しながら、漫然と金口きんぐち煙草たばこくわえていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どこかのんびりしたものであったが、日本の電車ではこれが許されない。いつか須田町すだちょうで乗換えたときに気まぐれに葉巻を買って吸付けたばかりに電車を棄権して日本橋まで歩いてしまった。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
昨年のクリスマスの午後、堀川保吉ほりかわやすきち須田町すだちょうかどから新橋行しんばしゆきの乗合自働車に乗った。彼の席だけはあったものの、自働車の中は不相変あいかわらず身動きさえ出来ぬ満員である。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
神田かんだを散歩した後に須田町すだちょうで電車を待ち合わせながら、見るともなくあの広瀬中佐ひろせちゅうさの銅像を見上げていた時に、不意に、どこからともなく私の頭の中へ「宣伝」という文字が浮き上がって来た。
神田を散歩して (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ところが電車に乗っているあいだに、また気が変ったから今度は須田町すだちょうで乗換えて、丸善まるぜんへ行った。行って見るとちんを引張った妙な異人の女が、ジェコブの小説はないかと云って、探している。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)