防空壕ぼうくうごう)” の例文
庭の土塀のくつがえったわきに、大きなかえでの幹が中途からポックリ折られて、こずえ手洗鉢てあらいばちの上に投出している。ふと、Kは防空壕ぼうくうごうのところへかが
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
工場の防空壕ぼうくうごうは少しはなれた裏山にあった。警報とともに、みんなは一目散にそこへ向ってかけつけた。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
たいへんたいへん、大洪水だいこうずいだ。何しろ氷山も雪原せつげんも一度に融けだしたんだから、町という町、防空壕ぼうくうごうという防空壕は水浸みずびたしになり、水かさはどんどんえていく。
ここしばらくは寒い夜中に子供たちを起して防空壕ぼうくうごうに飛び込むような事はしなくてすむと思うと、これからさきにいてまだまだ様々の困難があるだろう事は予想せられてはいても
薄明 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自分の家は倫敦の郊外で、独逸ドイツの飛行機が飛んで来る通路に当っているので、毎日毎晩爆撃機の編隊が通り、盛んに爆弾を落すけれども、非常に深い完備した防空壕ぼうくうごうがあるので
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あとになって、わかったのですが、この洞窟は、上山さんのまえに、ここに住んでいた人が、防空壕ぼうくうごうとしてほらせたものでした。庭の古井戸を利用したふうがわりな防空壕でした。
夜光人間 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その頃はもう通り抜ける人影もまれな上に、植込みのそこここには空掘からぼりの防空壕ぼうくうごうも散在してゐようといふ荒れさびた聖堂の構内を、姉さまは当てもなくうろつくだけのことでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ぼくは東京で空襲にあった、何度も何度も防空壕ぼうくうごうへはいった。狭くて湿っぽくて、暗い防空壕へね、——警戒警報のサイレン、空襲警報のサイレン、敵機頭上と叫びまわる防火班長の声を
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「早く、道の防空壕ぼうくうごうに……」
夏の葬列 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
小さな防空壕ぼうくうごうのまわりにしげるままに繁った雑草や、あかく色づいた酸漿ほおずきや、はぎの枝についた小粒の花が、——それはその年も季節があって夏の終ろうとすることを示していたが
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼は、毎朝早く起きて、砂漠の下の防空壕ぼうくうごういだすと、そこに出迎えている常用戦車じょうようせんしゃの中に乗り込み、文字どおり砂塵さじんを蹴たてて西進し、重工業地帯へ出動するのであった。
朦朧もうろうとした気持で、防空壕ぼうくうごうから這い出たら、あの八月十五日の朝が白々と明けていた。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そこは防空壕ぼうくうごうのようにひろくなって、人間のすまいになってでもいるのでしょうか。
海底の魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
Hさんのお祖母ばあさんは道ばたの防空壕ぼうくうごうのなかで焼け死んだと言ひます。そんな聯想れんそうから、千恵はひよつとしたらS家のお母さまの行方が知れないのではあるまいかと一応は考へてみました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「だから昔話してんのに。なあ先生、わたし、あの弁当箱、戦争中は防空壕ぼうくうごうにまで入れて守ったんですよ。あの弁当箱だけは、娘にもやりたくないんです。わたしのたからでしたの。今日もお米入れて持ってきたんですよ、先生」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
「二郎や。兄ちゃんは、防空壕ぼうくうごうを掘っているのだよ。出来たら、お前もれておもらい」
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
湿気の多い、悲しげな空気は縁側からい上って畳の上に流れた。時折、風をともなって、雨はザアッと防空壕ぼうくうごうの上の木の葉を揺すった。庭は真暗にれて号泣しているようなのだ。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
Hさんはづ妹と女中にひ、つづいて兄さんたちや弟と行き会つたさうですが、お祖母さんが道ばたの防空壕ぼうくうごうのなかで焼け死んでゐることが分つたのは、やつとおひる近くになつてからでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
防空壕ぼうくうごうにまで入れた宝の弁当箱とは。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
床の間に置かれた小さな仏壇のまわりには、いつのまにか花が飾られて、蝋燭ろうそくの灯が揺れていた。開放たれた縁側から見ると、小さな防空壕ぼうくうごうのある二坪の庭は真暗なかたまりとなって蹲っていた。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
きょろきょろ四周あたりを見まわしたが、防空壕ぼうくうごうらしいものはなかった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……農家からけてもらったトマトは庭の防空壕ぼうくうごうの底にかごに入れてたくわえられた。冷やりとする仄暗ほのぐらい地下におかれたトマトの赤い皮が、上から斜にれてくるの光のため彼の眼に泌みるようだった。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)