“貴公(きこう)” の例文
「貴公(きこう)よりまえに、北庄城(ほくしょうじょう)へさぐりにはいっていた拙者(せっしゃ)でござる。また、橡(とち)ノ木(き)峠(とうげ)でごあいさつして通ったのもすなわち拙者で」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おい千手。それが本当なら、念のために、貴公(きこう)に先刻(さっき)報告のあった米国聯合艦隊の陣容を、教えといてやろう」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「貴公(きこう)はふとどき千万(ばん)だ。学校を百貨店とはなにごとか? 学問はそんなものじゃない」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
出(いだ)して渡(わた)しければ庄(しやう)三郎押戴(おしいたゞ)きて段々(だん/\)と御深切(ごしんせつ)の上又(また)斯(かゝ)る災難(さいなん)まで貴公(きこう)の御苦勞(ごくらう)に預(あづか)り御禮(おんれい)は申盡(つく)し難(がた)しとて涙を流(なが)し打歡(うちよろこ)びてぞ歸(かへ)りけり又お常(つね)忠(ちう)八はまんまと夷子棚(えびすだな)の二百兩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「イヤ、貴公(きこう)、あけてみろ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
加賀爪伝内(かがづめでんない)の遠矢が、額(がく)ぶちにりっぱに立っているのに、貴公(きこう)の矢が鳥居(とおい)の柱(はしら)にも立っていないのはどうしたしだいか、これ、弓勢(ゆんぜい)たらずして、矢走(やばし)りのとちゅうから
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はッはッはッ、無断で無断でと仰有(おっしゃ)りますが、実はこのことについて貴公(きこう)に伺いたいのだ」
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
世話しければ嘉傳次は此感應院の食客とぞ成り感應院或時嘉傳次に向(むか)ひ申けるは和歌山の城下に片町(かたまち)といふあり其處に夫婦に娘一人あり親子三人暮(さんにんぐら)しの醫師なりしが近頃兩親共に熱病(ねつびやう)にて死去し娘計(ばか)りぞ殘(のこ)れり貴公(きこう)其所へ養子に行て手習(てならひ)の指南(しなん)でもせば宜(よろし)からんといふ嘉傳次是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それだから貴公(きこう)は、駄目だというんだ。ちと歴史を勉強しなされ、歴史を。今度の世界戦争以来、わがイギリスが援助をすると申入れた先の国で、滅びなかった国があるかね。
芸人(げいにん)なら種(たね)もあろうが、貴公(きこう)、どうしてあの独楽(こま)を、槍(やり)の石突(いしづ)きですくい取ったか、あんな離(はな)れわざは本職(ほんしょく)の独楽まわしでもやれまいと思うが、ふしぎなかくし芸(げい)を持っておられるな
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「はてさて困った男だ。まるで蒋介石(しょうかいせき)みたいに攻勢的同情(こうせいてきどうじょう)を求めるわい。しかしいつまでもわしの部屋に頑張られても困るが、一体貴公(きこう)の教わりたいという事項は、何じゃったね」
そうでしたかというところを見ると、貴公(きこう)は知らないと見えるね。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)