花菱はなびし)” の例文
あげ屋は花菱はなびしという家で、客は若い侍の七人連れであった。その中で坂田という二十二、三の侍はお花という女の馴染みであるらしい。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
みな川町に「花菱はなびし」という奈良茶の店がある。茶漬を売る店だが、寄合のために貸す座敷もあり、酒肴しゅこうの注文にも応じた。
持來もちきたりし中に蝦夷錦えぞにしき箸入はしいれ花菱はなびしの紋付たる一角のはし鼈甲べつかふかんざしなどありしかば大岡殿是を見給ひ即時そくじ金屋かなや利兵衞を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もっともそれに備えて、ここの中軍、信玄のいる所でも、今や例の甲軍最大な象徴しょうちょうとしている孫子の旗も法性ほっしょうのぼりも、また諏訪明神の神号旗も、花菱はなびしの紋旗も、すべて秘してしまって
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
再び芝居町の名物高麗こうらいせんべいの店先みせさき(第七図)に花菱はなびしの看板人目を引き
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と再び屋敷を立出たちいで、大曲りへかゝると、中間ちゅうげん三人は手に/\真鍮巻しんちゅうまきの木刀をひねくり待ちあぐんでいたのも道理、ようと思うほうから来ないで、あとの方から花菱はなびし提灯ちょうちんげて来るのを見付け
その前へ毛氈もうせんを二枚敷いて、床をかけるかわりにした。鮮やかなの色が、三味線の皮にも、ひく人の手にも、七宝しっぽう花菱はなびしの紋がえぐってある、華奢きゃしゃな桐の見台けんだいにも、あたたかく反射しているのである。
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そう改まれるとちと気がさすが、せっかくのことだから、遠慮なく申しますぜ。……酒のほうは、すこしねばるが、花菱はなびしに願いましょう。銚子ちょうしでは酒の肌が荒れるから、錫のちろりで、ほんのり人肌ぐらいに願います」
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「銀の平打のかんざし」と青木千之助はつぶやいた、「片方は裏梅の彫りで片方は花菱はなびしだった、注文して打たせたものではなく、小間物屋で買った品だろう」
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お菊はいたく氣の毒に思ひ我故にかく成行なりゆき給ふなれば何卒見繼みつぎ度思へども親にやしなはるゝ此身なるゆゑ何事も心にまかせず是は僅なれども私しが手道具てだうぐなれば大事なしうりてなりとも旅籠はたごの入用母御の藥のしろ爲給したまへと鼈甲べつかふくし琴柱ことぢ花菱はなびし紋付もんつきたる後差うしろざし二本是はあたひに構はず調とゝのへし品なりとて吉三郎に渡しければ大いに悦び其芳志そのこゝろざし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
支度が済んで、姉といっしょに表玄関へゆくと、柳沢の四つ花菱はなびしと裏梅の紋をちらした、非公式の女乗物が据えてあり、やはり柳沢家の者だろう、六尺や小者たちのほかに、侍が四人待っていた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)