義歯いれば)” の例文
鬼頭さんは私の自白をきいてられたと見えてたちまち青酸を以て自殺されました。その青酸はかねて義歯いればの中へ入れてあったものです。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
上の前歯は二本を抜かし、後は全部義歯いればであった。笑うと義歯が露出した。それが私には好もしくなかった。だがその眼は可愛かった。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
義歯いればの壊れたのがダラリと唇から流れ出した。そいつを一本背負いに支那絨氈じゅうたんの上にタタキ付けると同時に、轟然とピストルが鳴った。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
別に驚くほどのことはないわ。それは義歯いればだったのよ。しかし、にいさんはマーキュリをクイックシルヴァにしてしまったり、また彼の姉妹の話を
お〆さんにも多少の感慨はあるか、金の義歯いればのチラリと光る歯で、四分一の細い吸口すいくちをくわえたまま、眉間みけんにたてしわを二本よせて、伏目になっていた。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「そやかて見なはれ、鹿児島には桜島がおまつしやろ。」梅玉は肩をゆすぶつて義歯いればをかち/\言はせた。「桜島がまた爆発でもしてみなはれ、生命いのちあぶなうおまんがな。」
こっちを正面に腕を組んでいる正木博士と視線がカチ合った……途端に博士は黒ずんだ唇の間から義歯いればを光らしてニッと笑いつつ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ある独身者の農夫が、寝しなに自分の義歯いればをはずして、枕もとのコップの水に浸しておいた。すべて義眼や義歯をはめている人たちは、よくこうしたことをするものなのだ。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
たとえば、人間の歯は、紫外線に当たって光りますけれど、他の物質で作った義歯いればは光りません。また、象牙や骨などは光りますけれども、象牙に似せて作ったものは光りません。
紫外線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
唇の間から義歯いればを見せた。紳士にも私は見覚えがあった。当市一流の紳商であった。新聞雑誌で知っていた。六十を過ごした老人で精力絶倫と好色とで、世間に有名な老紳士であった。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
掛声をかけたり、地謡を謡ったりしているうちに、翁の上顎の義歯いればが外れ落ちてガチャリと下歯にぶつかる事が度々であった。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
「君も義歯いればの数が殖えたやうだが、今のうちに恋でもつておいたらうだね。」
下手に嵌め込まれた義歯いればさえ、どうしたものか目立たなくなった。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と訊いてやったら、義歯いればつまんでいた親爺が眼を細くしてニコニコした。ピストルの頭を分捕スコップで撫でまわしながら吾輩に盃を差した。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
日本では老年としより議員といふと、義歯いればの口で若いをんなの名前を覚える位が精々だが、このキヤノン爺さんは、性来うまれつき歯が達者なので、何よりもぎ立ての玉蜀黍を食ふのが一番好物だといつてゐる。
喰い余りをもとの通り叮嚀に竹の皮に包んで老夫人に渡すと、茶碗の中の義歯いればを静かに頬張って、以前の厳格な顔に還った。弟子の方を向いて張扇を構えた。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
それからおもむろに正木博士をふり返ると、博士はたちまち眼を細くして、義歯いればを奥の方までアングリとあらわした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その瞬間に、その鼻眼鏡の二つの硝子ガラス玉が、南側の窓から射込む青空の光線をマトモに受けて、真白くき出された義歯いればと共に、気味悪くギラギラピカピカと光った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
半分開いた瞼の中から覗いている青い瞳が硝子ガラスのように光り、ゲッソリとへこんだ両頬の間にポカンと開いた唇と、そこから剥き出された義歯いればがカラカラにカラビ付いて
人間レコード (新字新仮名) / 夢野久作(著)
流石さすがの謹厳な八代大将も総義歯いればをハメ直しハメ直し鼻汁はなと涙を拭い敢えず、苦り切ってシキリに汗を拭いていた武谷博士も、とうとう落城してニヤリとしたのが運の尽き。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
船長おやじ突然だしぬけに振返って俺の顔を見た。白い義歯いればを一ぱいにき出して物凄ものすご哄笑こうしょうしたもんだ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
翁はそれに上下の義歯いればを入れてから水飴やブッキリ飴を口につまみ込んでモグモグやる。長い翁の顔が小田原提灯を畳んだようになるのを小謡組の少年連が不思議そうに見上げていると
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
と老先生は真白な義歯いればを見せて笑われた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)