いと)” の例文
支那名は繁縷であるがそれはこの草が容易によく繁茂する上にその茎の中に一条のいと、すなわち維管束がある所からこの名が生れたのである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
何の鳥とも知らず黒い小鳥がいて、二三羽頭の上を廻っていた。かたわらの垣根の竹に蛞蝓なめくじが銀色のいとを引いて止まっている。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
けれ共王と貴族と富豪との傲慢がうまんと罪悪とに媚びて、いとの如き生命をつないでる教会は戦慄せんりつします、決して之を容赦致しませぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
うなじを上げている顔の、眼瞼まぶたの蔭から湧き出る涙が、鼻の両側を伝わって頤の方へいとを引きながら流れている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
指端したんを弄して低き音のいとのごときを引くことしばし、突然中止して船端ふなばたより下りた。自分はいきなり
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
仰いで皎日こうじつて、目ことごとげんして後、赤豆せきとう黒豆こくとうを暗室中にいて之をべんじ、又五色のいとを窓外に懸け、月に映じてその色を別ってあやまつこと無く、しかして後に人を相す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
豊かにしてせまらざる重厚なものとなったが、よく読めばおのずから第四句にいとの如くに続き、また一首全体に響いて、気品の高い、いうにいわれぬ歌調となったものである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
客ニ洞簫とうしようヲ吹ク者アリ、歌ニヨツテこれヲ和ス、其ノ声、嗚々然おおぜんトシテ、うらムガ如ク、慕フガ如ク、泣クガ如ク、訴フルガ如シ、余音よいん嫋々じようじようトシテ、絶エザルコトいとノ如シ、幽壑ゆうがく潜蛟せんこうヲ舞ハシ
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
飛瀑の如き水は我頭上にそゝぎ、身は非常なる氣壓の加はるところとなりて、眼中血をほとばしらしめんと欲するものゝ如く、五官の能既に廢して、わが絶えざることいとの如き意識は唯だ死々と念ずるのみ。
水路の通ずること是の如くなるを以て、小名木川は実にいとの如き小渠なるにもかゝはらず、荷足行き、伝馬行き、達磨行き、蒸汽船行き、夜〻日〻艪声檣影ろせいしようえい絶ゆる間なし。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)