狼狽うろたえ)” の例文
スルト其奴そいつが矢庭にペタリ尻餠をいて、狼狽うろたえた眼を円くして、ウッとおれのかおを看た其口から血が滴々々たらたらたら……いや眼に見えるようだ。
枕頭まくらもと喚覚よびさます下女の声に見果てぬ夢を驚かされて、文三が狼狽うろたえた顔を振揚げて向うを見れば、はや障子には朝日影が斜めにしている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ゆかぐるみに蹴落けおとさぬかいやい。(狼狽うろたえて叫ぶ。人々床几とともに、お沢を押落おしおとし、取包んで蝋燭の火を一度に消す。)
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それは……」と青年は吃驚びっくりするほど態度や声を狼狽うろたえさせたが「どうも此処では申し上げられませんので……」
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どう狼狽うろたえて、この様な処へ親を尋ねて来る、馬鹿ものではござらぬからの。これには何ぞの行違ひ。病気の報告があつたとは、いつさい合点が行かぬ事。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
二郎は余り兄の狼狽うろたえたのを意外に思ったけれど、声を一段と低めて、昨夜の夢のあらましを話しました。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
近頃のように学校時代から料理の事を仕込まれていれば狼狽うろたえもしませんけれども副食物拵おかずごしらえは奉公人の役目位に思っていた私ですからサアどうする事も出来ません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
叔父は、わたし共のする事をいつの間にか残らず察しておりまして、次の馬の舞踏会の最中に騒ぎが初まりそうなのを心配して、あんなに狼狽うろたえたのに違いございませぬ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
聞いていた源は急に顔色を変えて、すこし狼狽うろたえて、手に持った猪口の酒をこぼしました。書記は一向無頓着むとんじゃく——何も知らない様子なので、源もすこしは安心したのでした。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
住替えの場合の習慣どおり、銀子の父と浅草の桂庵とが、出しぬけに乗り込み、銀子の手紙で迎えに来たのだと言われ、初めて住替えとわかり、お神は少し狼狽うろたえ気味であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
明邪めいじゃ御本体のわからぬ無名の石神様は、身に甲冑かっちゅうをつけ手に鉾らしいものを持ち、数百年の塵をあびて、顔容がんようおそろしげに、足元で浅ましい狼狽うろたえざまをしているふたりの人間どもを、冷々れいれい
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
刻々とせまる黒き影を、すかして見ると女は粛然として、きもせず、狼狽うろたえもせず、同じほどの歩調をもって、同じ所を徘徊はいかいしているらしい。身に落ちかかるわざわいを知らぬとすれば無邪気のきわみである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
後家さんが、狼狽うろたえていた時、浅吉はすかさず再びその袖を取って
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お源はサと顔を真赤にして狼狽うろたえきった声をやっと出して
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それを故意わざと心附かぬふりをして、磊落らいらくに母親に物をいッたりするはまだな事、昇と眼を見合わして、狼狽うろたえて横へ外らしたことさえ度々たびたび有ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
しかも変な事には、何を狼狽うろたえたか、一枚半だけ、罫紙けいしで残して、明日の分を、ここへ、これ(火曜)としたぜ。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少時しばらく思の道を絶ッてまじまじとしていてみるが、それではどうも大切な用事を仕懸けてめたようで心が落居おちいず、狼狽うろたえてまたお勢の事に立戻って悶え苦しむ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
小刻みながら影がす、きぬの色香を一目見ると、じたじたとなって胴震いに立窘たちすくむや否や、狼狽うろたえ加減もよっぽどな、一度駆出したのを、面喰って逆戻りで、寄って来る清葉の前を
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)