物数寄ものずき)” の例文
旧字:物數寄
物数寄ものずきな人もあったものというような顔を宿屋の主婦がしていたのも道理もっとも、一本三円でも高いといった言葉も本当のことでありました。
また私は知る人のめに尽力したことがあります。れは唯私の物数寄ものずきばかり、決して政治上の意味を含んで居るのでも何でもない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
わしも篠田と云ふ奴を二三度見たことがありますが、顔色容体全然まるで壮士ぢやワせんか、仮令たとひ山木の娘が物数寄ものずきでも、彼様男あんなものゆかうとは言ひませんよ、よし
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
新年早々屠牛を見に行くとは、随分物数寄ものずきな話だとは思ったが、しかし私の遊意は勃々ぼつぼつとしておさえ難いものがあった。朝早く私は上田をさして小諸の住居すまいを出た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
家のものに迎えられて、広やかに物数寄ものずきな一間に通り座がまった時、呉羽之介は仲居に向い
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
帰って見ると、郵便箱には郵便物の外、色々な名刺や鉛筆書きが入れてあったり、主人しゅじん穿きふるした薩摩下駄を物数寄ものずきにまだ真新まあたらしいのに穿きかえてく人なぞもあった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
脇差わきざしも有用の物ともおもわずや、かざりの美、異風のこしらえのみを物数寄ものずき無益の費に金銀を捨て、衣服も今様いまようを好み妻子にも華美風流を飾らせ、遊山ゆさん翫水がんすい、芝居見に公禄を費し
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ぼく自身は何も物数寄ものずきらしくその内容を知りたいとは思ってるわけじゃないんですから……
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この彦太楼尾張屋の主人というは藐庵みゃくあん文楼ぶんろうの系統を引いた当時の廓中第一の愚慢大人で、白無垢しろむくを着て御前と呼ばせたほどの豪奢を極め、万年青おもとの名品を五百鉢から持っていた物数寄ものずきであった。
楽に目的が果されようという時代になっては、わざわざ人夫を雇って、天幕や食糧を担わせ、野宿の苦を忍んで、幾日かを山上に放浪した昔のような山旅をして見ようという物数寄ものずきな人もなかろうし
鹿の印象 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
あれでは石の材料が可哀かわいそう……一つ石を彫って、もっと物らしい物をこしらえて見たい……というような物数寄ものずきな気が起るのでありました。
「という訳で」と書記は冷くなった酒を飲干して、「ところが同僚は極の好人物ひとよしだもんだで、君どうでしょう、泣寝入さ。私は物数寄ものずきにその番人を見に行きやした。 ...
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
又ヒョイとかんがえ直して見れば、仮令たとい文明進歩の方針とはいながら、ただちに自分の身に必要がなければ物数寄ものずきわねばならぬその物数寄な政治論をはいて、はからずも天下の大騒ぎになって
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
すると、このの絵に何か見処みどころがあったか、物数寄ものずきの人がその絵を買って下すったり、またその絵が入賞したりしました。
物数寄ものずきな家族のもののあつまりのことで、花の風情を人の姿に見立て、あるものには大音羽屋、あるものには橘屋、あるものには勉強家などの名がついたというのも
秋草 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ことに漆喰塗りの大仏の胎内は一層の蒸し暑さでありますから、わざわざそういう苦しい中へ這入ってうでられる物数寄ものずきもないといったような風で、客はがらりと減りました。
本船に移ってからも、お新は愉快な、物数寄ものずきな、若々しい女の心を失わなかった。旅慣れた彼女は、ゼムだの、仁丹じんたんだのを取出して、山本さんにすすめる位で、自分では船に酔う様子もなかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ある人は極度のヒステリックな状態にちた。その人は親切と物数寄ものずきとを同時に兼ねたような同胞の連に引立てられて、旅人に身をまかせることを糊口くちすぎとするような独逸の女を見に誘われて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)