毛繻子けじゅす)” の例文
黒い毛繻子けじゅすのカーテンを、サッと開きますと、明るい光線がパッとさしこんで来たので、百合子は頭がくらくらしたので両眼を閉じました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
見すぼらしい服装なりをして、ズックの革鞄と毛繻子けじゅす蝙蝠傘こうもりを提げてるからだろう。田舎者の癖に人を見括みくびったな。一番茶代をやっておどろかしてやろう。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
古い洋傘こうもり毛繻子けじゅすの今は炬燵掛と化けたのを叩いて、隠居は掻口説かきくどいた。この人の老後の楽みは、三世相さんぜそうに基づいて、隣近所の農夫等が吉凶をうらなうことであった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ぶらりぶらりとした身の中に、もだもだする心を抱きながら、毛繻子けじゅす大洋傘おおこうもりに色のせた制服、丈夫一点張いってんばりのボックスの靴という扮装いでたちで、五里七里歩く日もあれば
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
白味のかったセルの単衣に毛繻子けじゅすに藤紫と紅のいりまじった友禅をうちあわせた帯をしめている、ほっそりした身体つきが、お光には卑しい身分でないことを知らしめた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
園は静かに茶をすすり終った。星野の手紙をおぬいさんの方に押しやった。古ぼけた黒い毛繻子けじゅすの風呂敷に包んだ書物を取り上げた。もう何んにもすることはなかった。座を立った。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あの雨じみのある鼠色の壁によりかかって、結び髪の女が、すりきれた毛繻子けじゅすの帯の間に手を入れながら、うつむいてバケツの水を見ている姿を想像したら、やはり小説めいた感じがした。
水の三日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その群れの中に詰襟つめえりの背広を着て、古い麦稈むぎわら帽子をかむって、一人てくてくとへいぎわに寄って歩いて行く男があった。靴はほこりにまみれて白く、毛繻子けじゅす蝙蝠傘こうもりがさはさめて羊羮色ようかんいろになっていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
置時計、寒暖計、すずり、筆、唾壺だこ、汚物入れの丼鉢どんぶりばち呼鈴よびりん、まごの手、ハンケチ、その中に目立ちたる毛繻子けじゅすのはでなる毛蒲団一枚、これは軍艦に居る友達から贈られたのである。(六月七日)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
わざ/\お神さんにとのことに小女も不審を立て、寝るまでの時間つなぎに、亭主が不断着の裾直しに懸って居た秋元の女房は、黒の太利ふとりとかいう袢纒はんてんの、袖口の毛繻子けじゅす褐色ちゃの霞が来て居るのを
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
ゴロツクは脅迫きょうはくの意味そうな。乳呑子ちのみご連れたメノコが来て居ると云うので、二人と入れ代りに来てもらう。眼に凄味すごみがあるばかり、れい刺青いれずみもして居らず、毛繻子けじゅすえりがかゝった滝縞たきじま綿入わたいれなぞ着て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼はその人の差していた洋傘こうもりが、重そうな毛繻子けじゅすであった事にまで気が付いていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奥様から頂いた華美はでしまの着古しに毛繻子けじゅすえりを掛けて、半纏はんてんには襟垢えりあかの附くのを気にし、帯は撫廻し、豆腐買に出るにも小風呂敷をけねば物恥しく、酢のびんは袖に隠し、酸漿ほおずき鳴して
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
仕方なしに黙って二人の間に置かれた烟草盆タバコぼんを眺めていた。彼の頭のなかには、重たそうに毛繻子けじゅす洋傘こうもりをさして、異様の瞳を彼の上に据えたその老人の面影がありありと浮かんだ。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)