楫棒かじぼう)” の例文
車夫は五六歩行き過ぎてから、大廻しに楫棒かじぼうを店の前へおろした。さすがに慎太郎にもなつかしい、分厚な硝子戸ガラスどの立った店の前へ。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こんな処へ御同行は、見た事、聞いた事もない、と呆れた、がまた吃驚びっくり。三つ目の俥の楫棒かじぼうを上げた、幌に覗かれた島田の白い顔が……
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お百姓衆のくわかまになったり、空気タイヤの人力車の楫棒かじぼうになったり、さま/″\の目に遭うてさま/″\の事をして居る。失礼ながら君の心棒も、俺の先代が身のなる果だと君は知らないか。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
すると墓地裏の八幡坂の下に箱車を引いた男が一人、楫棒かじぼうに手をかけて休んでいた。箱車はちょっと眺めた所、肉屋の車に近いものだった。
年末の一日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
五合ごんつくふるまわれたおかげにゃ、名も覚えりゃ、人情ですよ。こけ勘はお里が知れまさ、ト楫棒かじぼうつかまった形、腰をふらふらさせながら前のめりに背後うしろから
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
息杖で背後うしろへ反っくり返るのと、楫棒かじぼうを握って前のめりにかがむんじゃ、から、見た処から役割が違いやさ。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人通りもまばらな往来には、ちょうど今一台の人力車じんりきしゃが、大通りをこちらへ切れようとしている。——その楫棒かじぼうの先へ立つが早いか、彼は両手を挙げないばかりに、車上の青年へ声をかけた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
楫棒かじぼうに掛けて地に置いた巳之屋みのやと書いた看板は、新しい光を立てて、蝋紙ろうがみすかす骨も一ツ一ツ綺麗きれいである。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見ると実際さっきの車は、雨を待っている葉柳はやなぎが暗く条を垂らした下に、金紋のついた後をこちらへ向けて、車夫は蹴込けこみの前に腰をかけているらしく、悠々と楫棒かじぼうを下ろしているのです。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蛇目傘じゃのめを泥に引傾ひっかたげ、楫棒かじぼうおさえぬばかり、泥除どろよけすがって小造こづくりな女が仰向あおむけに母衣ほろのぞく顔の色白々と
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
支那人は楫棒かじぼうを握ったまま、高い二階を見上げましたが、「あすこですか? あすこには、何とかいう印度人の婆さんが住んでいます」と、気味悪そうに返事をすると、匆々そうそう行きそうにするのです。
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お京の姿を、框に覗くと、帰る、と見た、おしゃまの、お先走りのお茶っぴいが、木戸わきで待った俥の楫棒かじぼうを自分で上げて右左へ振りながら駆込んで来たのである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母衣ほろをきりきりと巻き下ろして、楫棒かじぼうを上げる内に、お夏さんは乗りながら、たもとから白いものを出した。ヤ、最中を棄てるのかと思うと、そうじゃなかったんで、手巾ハンケチでげす。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車夫は呼交わしてそのまま曳出ひきだす。米は前へ駆抜けて、初音はつねはこの時にこそ聞えたれ。横着よこづけにした、楫棒かじぼうを越えて、前なるがまず下りると、石滝界隈かいわいへ珍しい白芙蓉はくふようの花一輪。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車は病院所在地の横田の方から、この田畝を越して、城の裏通りを走ったが、つっかけ若竹座へは行くのでなく、やがて西草深へ挽込ひきこんで、楫棒かじぼうは島山の門の、例の石橋の際に着く。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とひらりと乗る途端に楫棒かじぼうを取った、腕車くるまの上から
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、車夫しやふ楫棒かじぼうつたかたそびやかした。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)