愚物ぐぶつ)” の例文
彼は平生から世間へ出る多くの人が、出るとすぐ書物に遠ざかってしまうのを、さも下らない愚物ぐぶつのように細君の前でののしっていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あとに残ったのは竜之助と、かの変人、実は変人でも愚物ぐぶつでもない、水戸の人で山崎ゆずる。新徴組の一人で、香取かとり流の棒をよく使います。
殊に外国の従軍武官は、愚物ぐぶつの名の高い一人でさえも、この花やかさをたすけるためには、軍司令官以上の効果があった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『いや、あれはまったくの愚物ぐぶつですよ』と、この部屋にいたもうひとりの紳士しんしが言いました。
四千万の愚物ぐぶつと天下をののしった彼も住家すみかには閉口したと見えて、その愚物の中に当然勘定せらるべき妻君へ向けて委細を報知してその意向を確めた。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三男の蟹は愚物ぐぶつだったから、蟹よりほかのものになれなかった。それが横這よこばいに歩いていると、握り飯が一つ落ちていた。握り飯は彼の好物だった。彼は大きいはさみの先にこの獲物えものを拾い上げた。
猿蟹合戦 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
敬太郎ははたで自分を見たらさぞ気のかない愚物ぐぶつになっているんだろうと考えながらも、やっぱり苦しい思いをして田口と共に笑わなければいられなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし聞かれた以上はどっちか片づけなければならん。どうでもいい事を、どうでもよくないように決断しろとせまらるる事は賢者けんじゃ愚物ぐぶつに対して払う租税である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は直截ちょくせつに生活の葛藤かっとうを切り払うつもりで、かえって迂濶うかつに山の中へ迷い込んだ愚物ぐぶつであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれ直截ちよくせつ生活せいくわつ葛藤かつとうはらつもりで、かへつて迂濶うくわつやまなかまよんだ愚物ぐぶつであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
御礼なんか聞きたかあないやね——おやまた笑ってるよ。お前はよっぽど愚物ぐぶつだね。——仰せの通りだって?——あんまり人を馬鹿にすると電話を切ってしまうよ。いいのかい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
広田のうちへ泊るべきのを、また妹がだだをこねて、ぜひ病院に泊れと言って聞かないから、やむをえず狭い所へ寝たら、なんだか苦しくって寝つかれなかった。どうも妹は愚物ぐぶつだ。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代助は父に対するごとに、ちゝは自己を隠蔽いんぺいする偽君子ぎくんしか、もしくは分別の足らない愚物ぐぶつか、何方どつちかでなくてはならない様な気がした。さうして、う云ふ気がするのがいやでならなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
敬太郎には騙された自分の方がはるかに愚物ぐぶつに思われた。そうと知ったら、探偵の結果を報告する時にも、もう少しは手加減が出来たものをと、おのずからあかい顔もしなければならなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は爛酔らんすい真最中まっさいちゅうにふと自分の位置に気が付くのです。自分はわざとこんな真似まねをして己れをいつわっている愚物ぐぶつだという事に気が付くのです。すると身振みぶるいと共に眼も心もめてしまいます。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
広田のうちへとまるべきのを、又妹が駄々をねて、是非病院にとまれと云つて聞かないから、已を得ずせまい所へ寐たら、何だか苦しくつてつかれなかつた。どうも妹は愚物ぐぶつだ。と又妹を攻撃する。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
主人はかくのごとく愚物ぐぶつだからいやになる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)