悪怯わるび)” の例文
しかし、いずれも相当の教養と覚悟のある連中でしたから、悪怯わるびれるということもなく、この評定も決断的に一定せられてしまいました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
左太夫が倒れると、右近は少しも悪怯わるびれた様子もなく、蒼白な顔に覚悟の瞳を輝かしながら、左太夫の取り落した槍をひっさげてそこに立った。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さはあれ業苦の浮世をのがれ、天堂におわ御傍おんそばへ行くと思えば殺さるる生命いのちはさらさら惜からじと、下枝は少しも悪怯わるびれず。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
如何に言釈いひとくべきか、如何に処すべきかを思煩おもひわづらへる貫一はむづかしげなる顔をやや内向けたるに、今はなかなか悪怯わるびれもせで満枝は椅子の前なる手炉てあぶりに寄りぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
身装みなりや何かに裏町の貧民窟らしい匂ひはしてゐても、悪怯わるびれたところや、いぢけたところは少しもなかつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「初めは、確か十一時半頃だったろうと思いますが」と庄十郎は、割合悪怯わるびれのしない態度で答弁を始めた。「礼拝堂と換衣室との間の廊下で、死人色しびといろをしたあの男に出会いました。 ...
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この凄まじい刃先を真向まともに受けて、それを相も変らず卒塔婆そとばの蔭に避けてはいるが、一向に悪怯わるびれた気色が見えません。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
白襟紋付の瀟洒なきぬは、そのスラリとした姿を一層気高く見せてゐた。彼女は、何の悪怯わるびれた容子も見せなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
先達せんだつの女房に、片手、手をかれて登場。姿をしずかに、深く差俯向さしうつむき、面影やややつれたれども、さまで悪怯わるびれざる態度、おもむろに廻廊を進みて、床を上段に昇る。昇る時も、裾捌すそさばしずかなり。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庸三はそばへ寄って来る瑠美子にきいてみた。瑠美子は悪怯わるびれてもいなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鉄面皮というか厚かましいというか、しかし、こういうことをいささかの悪怯わるびれさもなく、堂々と、些細ささいの渋ろいもなく言いだす奴も珍しい。気に入った。こりゃ、事によったらカムポスに運がくる。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
竜之助は丹前を羽織って床柱に背をもたせ、例によって例の如くでしたが、お蘭がわりあいに悪怯わるびれてはいないのです。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
白襟紋付の瀟洒しょうしゃきぬは、そのスラリとした姿を一層気高く見せていた。彼女は、何の悪怯わるびれた容子ようすも見せなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
婦人おんなきっ其方そなたを見る、トまた悪怯わるびれず呼懸けて
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さすがに、青年の顔も、彼に寄り添うてゐる少女の顔もサツと変つた。が、二人とも少しも悪怯わるびれたところはなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
三公は、今となっては決して悪怯わるびれていない。人を食ったのはこっちではない、かえってこの人に臓腑の底まで見破られてしまったから、破れかぶれという気分でもあるようです。
彼らのつつましい悪怯わるびれない態度を見たワトソンは、その夜船室の寝台で、終夜眠れなかった。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
市九郎は、少しも悪怯わるびれなかった。もはや期年のうちに成就すべき大願を見果てずして死ぬことが、やや悲しまれたが、それもおのれが悪業のむくいであると思うと、彼は死すべき心を定めた。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
が、二人とも少しも悪怯わるびれたところはなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)