平仄ひょうそく)” の例文
あたりを見廻して、それが狐狸の化けたのででもなければ、平仄ひょうそくが合わないような気がした。これが今の宇奈月の濫觴らんしょうであったのだ。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
修善寺しゅぜんじにいる間は仰向あおむけに寝たままよく俳句を作っては、それを日記の中にんだ。時々は面倒な平仄ひょうそくを合わして漢詩さえ作って見た。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三十一文字みそひともじなりに現われたり、感情があって、しかして後に平仄ひょうそくの文字が使用されるのだが、あの子供のは全然それが逆に行っています。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「むう。おれもそう思わねえでもなかったが、香具師ならば理窟が付く。やあぽんぽんの才蔵じゃあ、どうも平仄ひょうそくが合わねえじゃあねえか」
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
御静かでは平仄ひょうそくが合わないと思うのがそもそも癪にさわる、第一、面を見れば、忠良なる大日本帝国の臣民とは、すぐ気がつきそうなものだ。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
一 鴎外先生若き頃バイロンの詩を訳せらるるに何の苦もなく漢字を以ていんを押し平仄ひょうそくまで合せられたり。一芸にひいづるものは必ず百芸に通ず。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
なかなかしゃれたものだ、この部屋で飲みながら話すのに、味噌だけが肴というのは平仄ひょうそくが合っている、さすがに旗本くずれだな、と安宅は思った。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
韻を踏み平仄ひょうそくをつけ旋律に従ってものを云うのが詩であるか。更に、特別な言葉を尊重しシンタックスを変え行をさえ変更することが詩の資格であるか。
「だってさ、何もかもあんまり平仄ひょうそくが合い過ぎる……あんまりしっくり過ぎる……まるで芝居のようじゃないか」
平仄ひょうそくには合っていないが、どういう気もちで吹いているか、その心のほどは十分に汲みとれるのであった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ものの平仄ひょうそくに合するものあるは、根本書技に進歩の跡を見せるものであって一芸術を成就した訳である。
現代能書批評 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
歌ふ者なればこそ五言六言七言などそれぞれの調子もあれ、歌はぬ者ならば何しに字数平仄ひょうそくを合すべき。しかるに古の歌は歌ひて、今の歌は歌はずと思へるは間違なり。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一語一語に平仄ひょうそくし、シラブルの数を合せ、行毎に頭韻や脚韻やを踏むべく、全く形式的に規定されたものであるのに、日本の長歌や短歌やは、単なる七五音の反復をするのみで
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
玄機が詩を学びたいと言い出した時、両親が快く諾して、隣街の窮措大きゅうそだいを家に招いて、平仄ひょうそくや押韻の法を教えさせたのは、他日この子を揺金樹ようきんじゅにしようと云う願があったからである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ね、いいですか、どうも平仄ひょうそくが巧く合わない。
いん平仄ひょうそくもない長い詩であったが、その中に、何ぞうれえん席序下算せきじょかさん便べんと云う句が出て来たので、誰にも分らなくなった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところが、不慣れなやつとして見れば、単なる偶然がやつを災厄から救い出した、とこう平仄ひょうそくが合ってくる。
詩だって君、詩人の詩というわけにはいかないが、ちゃあんと一東いっとういんを踏んでいるし、行の字を転換すれば、平仄ひょうそくもほぼ合っているそうだ、無茶なことはしておらんそうだ。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
漢詩では蛙の鳴くことを蛙鳴あめいといい蛙吠あべいというが、べいの字は必ずしも平仄ひょうそくの都合ばかりでなく、実際にも吠ゆるという方が適切であるかも知れないと、私はこの時初めて感じた。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それで自分の方からせんを越すつもりか何かで、「そうですか、たびたび御足労でした。どうぞ御主人へよろしく」と平仄ひょうそくの合わない捨台詞すてぜりふのような事を云った上
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
覚束なくも平仄ひょうそくを合わせてみるだけの芸当だろうとタカをくくって見ると、なかなかどうして、頼山陽を悩ませた細香さいこう女史や星巌せいがん夫人、紅蘭こうらん女史あたりに比べて、優るとも劣るところはない
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
処が其大将の漢文たるやはなはだまずいもので、新聞の論説の仮名を抜いた様なものであった。けれども詩になると彼は僕よりも沢山たくさん作って居り平仄ひょうそく沢山たくさん知って居る。
正岡子規 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その文字も咄嗟とっさ平仄ひょうそくを合わせて詩を作るの余裕もなく、また、あまり自信もない和歌や俳句の速成をのたくらせて、この道の泰斗名家のあとを汚すほどの向う見ずもやりたくなく、思案のはてが
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
余のごとき平仄ひょうそくもよくわきまえず、韻脚いんきゃくもうろ覚えにしか覚えていないものが何を苦しんで、支那人にだけしか利目ききめのない工夫くふうをあえてしたかと云うと、実は自分にも分らない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
年頃の息子むすこに嫁を持たせたいと云うのは親のじょうとしてさもあるべき事だが、死んだ子に娶を迎えて置かなかったのをも残念がるのは少々平仄ひょうそくが合わない。人情はこんなものか知らん。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)