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工學士
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こうがくし
六
月の
末であつた。
府下澁谷邊に
或茶話會があつて、
斯の
工學士が
其の
席に
臨むのに、
私は
誘はれて
一日出向いた。
工學士は、
井桁に
組んだ
材木の
下なる
端へ、
窮屈に
腰を
懸けたが、
口元に
近々と
吸つた
卷煙草が
燃えて、
其若々しい
横顏と
帽子の
鍔廣な
裏とを
照らした。
寢顏に
電燈を
厭つたものであらう。
嬰兒の
顏は
見えなかつた、だけ
其だけ、
懸念と
云へば
懸念なので、
工學士が——
鯉か
鼈か、と
云つたのは
此であるが……
本來なら
其の
席で、
工學士が
話した
或種の
講述を、こゝに
筆記でもした
方が、
讀まるゝ
方々の
利益なのであらうけれども、それは
殊更に
御海容を
願ふとして
置く。
「お
柳。」と
呼ばうとしたけれども、
工學士は
餘りのことに
聲が
出なくツて
瞳を
据ゑた。