たっ)” の例文
そこへ気がついた時が人間の生涯しょうがい中もっともありがたい期節である。自分で自分の馬鹿を承知しているほどたっとく見える事はない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さても斯様かような地獄の起りが。いわく因縁イロハのイの字の。そもや初めと尋ねるならば。文明開化のおかげと御座る。そこで世界の文明開化の。日進月歩の由来と申せば。科学知識のたっとい賜物たまもの
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さてその死なぬと申すは、近く申さば釈迦しゃかの孔子のと申す御方おんかたには、今日まで生きて御坐る故、人がたっとみもすればありがたがりもおそれもする、果して死なぬではないか〔一種霊魂不滅の観念〕。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
けれども彼等の義務のうちに、半分の好意をんで、それを病人の眼からかして見たら、彼等の所作しょさがどれほどたっとくなるか分らない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを思うときよなんてのは見上げたものだ。教育もない身分もないばあさんだが、人間としてはすこぶるたっとい。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「眠気を催おすところが好いんだ。人間でもそうだ。眠気を催おすような人間はどこかたっといところがある」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何の因果いんがでこうまで事を細かに刻まなければ生きて行かれないのかと考えて情なかった。僕は茶碗ちゃわんぜんの上に置きながら、作の顔を見てたっとい感じを起した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「饂飩屋だって正業だ。金を積んで、貧乏人を圧迫するのを道楽にするような人間よりはるかにたっといさ」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日の照らないあなの底で、世から、人から、歴史から、太陽からも、忘れられた二人が、ありがたいおしえを垂れて、たっとい涙を流した舞台があろうとは、胡坐をかいて
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてその好意が先方に通じるのが、私にとっては、何よりもたっとい報酬なのです。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただこの景色が——腹のしにもならぬ、月給の補いにもならぬこの景色が景色としてのみ、余が心を楽ませつつあるから苦労も心配もともなわぬのだろう。自然の力はここにおいてたっとい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてそれがたっとい文芸上の作物さくぶつを読んだあとの気分と同じものだという事に気がついた。有楽座や帝劇へ行って得意になっていた自分の過去の影法師が何となく浅ましく感ぜられた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
独立した人間が頭を下げるのは百万両よりたっといお礼と思わなければならない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あらゆる芸術の士は人の世を長閑のどかにし、人の心を豊かにするがゆえたっとい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
胸のあたりは北風の吹き抜けで、肋骨ろっこつの枚数は自由に読めるくらいだ。この釈迦がたっとければこの兵士もたっといと云わねばならぬ。むか元寇げんこうえき時宗ときむね仏光国師ぶっこうこくしえっした時、国師は何と云うた。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし年の若い私たちには、この漠然ばくぜんとした言葉がたっとく響いたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「死は生よりもたっとい」
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)