墨絵すみえ)” の例文
本堂内陣ないじん横の橋廊下をこえ、さらに大廊下に従って、墨絵すみえ金碧こんぺき、何の間と、幾つも数えて行かなければ、彼の声は洩れ聞えて来ない。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、墨絵すみえかれたまちは、くろて、まち屋根やねあかめて、夕焼ゆうやけのそらが、ものがなしくえていたのです。
遠方の母 (新字新仮名) / 小川未明(著)
川はすっかりきりかくれて、やや晴れた方の空に亀山かめやま小倉山おぐらやままつこずえだけが墨絵すみえになってにじみ出ていました。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自分たちの墨絵すみえ影法師かげぼうしが、へいからぬけ出して踊りはねるというんですから、待ちきれませんでした。翌朝は早くから眼をさまして、皆誘い合わせました。
影法師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
天幕の外もさゞめいた。きょう未だ尽きぬので、今一つ「墨絵すみえ」の曲を所望する。終って此興趣きょうしゅ多い一日の記念に、手帳を出して関翁以下諸君の署名を求める。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
古びた雨漏あまもりだらけの壁に向つて、と立つた、見れば一領いちりょう古蓑ふるみのが描ける墨絵すみえの滝の如く、うつばりかかつて居たが、見てはじめ、人の身体からだに着るのではなく、雨露あめつゆしのぐため
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と見るもなく初秋しょしゅう黄昏たそがれは幕のおりるように早く夜に変った。流れる水がいやにまぶしくきらきら光り出して、渡船わたしぶねに乗っている人の形をくっきりと墨絵すみえのように黒く染め出した。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
日本海は墨絵すみえだ、と愚にもつかぬ断案を下して、私は、やや得意になっていた。
佐渡 (新字新仮名) / 太宰治(著)