塀際へいぎわ)” の例文
塀際へいぎわの下で、もう十内老人の声がひびいていた。声もさむらいのきたえて置くべきたしなみの一つであると、何かの武道書に見えていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この家には表と裏の塀際へいぎわ植木鉢うえきばちが置けるくらいな空地が取ってあるだけで、庭と呼べるようなものは附いていない。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それがいよいよ合点がてんがゆかないことに思い、自分の身も塀際へいぎわに沈めるようにして様子をうかがってからでないと、どうにも仕様がないように思いました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
門口かどぐちから右へ折れると、ひと塀際へいぎわ伝いに石段を三つほどあがらなければならなかった。そこからは幅三尺ばかりの露地ろじで、抜けると広くてにぎやかな通りへ出た。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
崩れかかったような塀際へいぎわに、大きなが暗く枝葉を差し交していて、裏通りにも人気がなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
放して退すさると、別に塀際へいぎわに、犇々ひしひしと材木のすじが立って並ぶ中に、朧々おぼろおぼろとものこそあれ、学士は自分の影だろうと思ったが、月は無し、つ我が足はつちに釘づけになってるのにもかかわらず、影法師かげぼうし
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしの家の塀際へいぎわに一株の枇杷がある。
枇杷の花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると近藤平六は、表門から塀づたいに十歩も行くと、すぐ塀際へいぎわみぞへ向って、屈みこんでいた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すでに五人を斬って捨てた島田虎之助は、またかの塀際へいぎわに飛び戻って悠然ゆうぜんたる平青眼の構え。
平岡の住んでいる町は、なお静かであった。大抵な家は灯影ひかげを洩らさなかった。向うから来た一台の空車からぐるまの輪の音が胸を躍らす様に響いた。代助は平岡の家の塀際へいぎわまで来て留った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
羅門は、死骸を見すてて、塀際へいぎわの方へ駈けた。東儀もむろん追い捲くした。——だが咄嗟とっさに、女性のなよやかさをかなぐり捨てた花世は、翼をひろげた雉子きじのようにはやかった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中で一番大きいのが、ちょうどほり塀際へいぎわから斜めに門の上へ長い枝を差し出しているので、よそにはそれが家と調子を取るために、わざとそこへ移されたように体裁ていさいが好かった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いよいよ南条はその塀際へいぎわまでさがった時に、手早く塀の一端へ手をかけました。その手をかけたことによって気がつけば、見上げるような高い塀の上から、一条の縄梯子なわばしごが架け下ろしてあります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
以前の塀際へいぎわへ向ったかと思いますと、すぐに姿は塀のミネに止まって、椋の梢に白い手が伸びるや否、ちょうど黒描が跳んで降りたように、大地へ降りた地ひびきもしない間に
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お延は何の気なしに叔父のしている見当けんとうを見た。隣家となり地続じつづきになっている塀際へいぎわの土をわざと高く盛り上げて、そこへ小さな孟宗藪もうそうやぶをこんもりしげらした根のあたりが、叔父のいう通りまばらにいていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なんだ、つまらない! という風に、月江は塀際へいぎわの木の葉をむしって
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、加山耀蔵ようぞうは、あわてて、塀際へいぎわの闇から、立ち上がった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると多門たもん塀際へいぎわですれちがった、りっぱな武士がある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)