南向みなみむき)” の例文
お杉は南向みなみむきの縁側によこたえられた。市郎の人工呼吸其他そのたの応急手当が効を奏して、彼女かれは間もなく息を吹き返した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日当りの好い南向みなみむきの座敷に取り残された二人は急に静かになった。津田は縁側に面して日を受けて坐っていた。清子は欄干らんかんを背にして日にそむいて坐っていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薄暗いから何となく物凄いのだ、そのそばの細い椽側えんがわを行くと、茶席になるのだが、その矢張やっぱり薄暗い椽側えんがわの横に、奇妙にも、仏壇が一つある、その左手のところは、南向みなみむきに庭を眺めて
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
父は南向みなみむきの二階座敷を下からながめて、ガラス障子の穴に気のついたものと見え
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
世はようやく春めきて青空を渡る風長閑のどかに、樹々きぎこずえ雪の衣脱ぎ捨て、家々の垂氷たるひいつの間にかせ、軒伝うしずく絶間たえまなく白い者まばらに消えて、南向みなみむきわら屋根は去年こぞの顔を今年初めてあらわせば、かすおい
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
南向みなみむきの窓の硝子越しに
冬子も一時は失神のさまであったが、これも市郎の手当によって回復して、南向みなみむきの座敷に俯向うつむいて坐っていた。そばには安行と市郎の二人がおなじく黙って坐っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
六畳の座敷は南向みなみむきで、拭き込んだ椽側えんがわはじ神代杉じんだいすぎ手拭懸てぬぐいかけが置いてある。軒下のきしたから丸い手水桶ちょうずおけを鉄のくさりで釣るしたのは洒落しゃれているが、その下に一叢ひとむら木賊とくさをあしらった所が一段のおもむきを添える。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
午前十時、初冬の日はいよいよ暖かくうららかになって、白い霜の消えて行く地面からは、遠近おちこちに軽い煙を噴いていた。南向みなみむきの小屋の前には、二三枚のむしろが拡げて乾してあった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)