“仰(あおむ)” の例文
病院の寝台(ねだい)の上に仰(あおむ)きに成ったきり、流血の止るまでは身動きすることも出来なかった。お新は親戚の家から毎日のように見舞に出掛けた。
船 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは息もないようなしずかな寝姿であり、見る目憚(はばか)らぬこどものように仰(あおむ)き踏みはだかった無邪気な寝姿でもある。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何時か西洋の演劇雑誌で見たことのある、西洋(あちら)の女俳優(おんなやくしゃ)のような頭髪(かみ)をしている、と思って私は仰(あおむ)けに寝ながら顔だけ少し横にして、凝乎と微笑(わら)い/\女の姿態(ようす)に見惚れていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
とのさばり掛(かか)り、手もなく抱(だき)すくめて掴(つか)み行く。仕丁(しちょう)手伝い、牛の背に仰(あおむ)けざまに置く。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、二、三枚めくったところに、仰(あおむ)けに伏した人体全象の図があった。彼らは考えた。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ただ乾いた山砂の上に細(こま)かい蟻(あり)が何匹も半死半生(はんしはんしょう)の赤蜂(あかはち)を引きずって行こうとしていたのです。赤蜂は仰(あおむ)けになったなり、時々裂(さ)けかかった翅(はね)を鳴らし、蟻の群を逐(お)い払っています。
手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おみやがそのとき、とつぜん石川の手に噛(か)みついた。石川は「あっ」といったが、噛ませたままで、おみやの手を逆に返した。おみやは膝を折って仰(あおむ)けになり、けんめいに彼の手首の骨を噛んだ。
秀吉は依然、仰(あおむ)けに寝たままである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見る見る遠く離れて、馬の背の上に仰(あおむ)けさまに仆れたお隅の顔も形も分らない程になる。不幸な女の最後はこれです。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
深更の大路に車の轆(きし)る音が起って、都(みやこ)の一端をりんりんとして馳(は)せ行(ゆ)く響(ひびき)、山下を抜けて広徳寺前へかかる時、合乗(あいのり)の泥除(どろよけ)にその黒髪を敷くばかり、蝶吉は身を横に、顔を仰(あおむ)けにした上へ
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時々立止って、仰(あおむ)きながら首を振る度に、猶々(なおなお)胸が込上げてくる。足許の蟋蟀は、ばったり歌をやめるのでした。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と母親(おふくろ)は仰(あおむ)きながら鼻を啜(すす)りました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)