“かうだう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
孝道20.0%
慊堂20.0%
幸堂20.0%
講堂20.0%
高堂20.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
捨(すつ)るは孝道(かうだう)に相違無けれ共能承まはれ其方は一旦(たん)城重方へ養子と成(なり)針治(しんぢ)導引(だういん)の指南を受し上手足を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
以て諭(さと)されければ城富は段々との御利解(ごりかい)有難き仕合(しあは)せに存じ奉つる然(さり)ながら押(おし)て願へば不孝(ふかう)なりとの御意は不才(ふさい)の私しには解(わか)りません親の爲にするは孝道(かうだう)かと存じますと親富右衞門を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
三月六日に柏軒が始て松崎慊堂(かうだう)を見た。わたくしは上(かみ)に文政辛巳の条に、榛軒が慊堂、棭斎に学び、柏軒が棭斎に学んだ事を言つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
これに反して経史子集の当(まさ)に刻すべくして未だ刻せられざるものは、その幾何(いくばく)なるを知らない。世に伝ふる所の松崎慊堂(かうだう)天保十三年の上書(じやうしよ)がある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
盡し歸りがけに幸堂(かうだう)氏にまた止められ泥の如くなりて家に戻り明日(あす)は朝の五時に總勢此(こゝ)に會合すれば其の用意せよと云ふだけが確にて夢は早くも名所繪圖の中(うち)に跳(をど)り入ぬ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
うろつく者(もの)には、傍目(わきめ)も觸(ふ)らず、肅然(しゆくぜん)として廊下(らうか)を長(なが)く打(う)つて、通(とほ)つて、廣(ひろ)い講堂(かうだう)が、青白(あをじろ)く映(うつ)つて開(ひら)く、其處(そこ)へ堂々(だう/\)と入(はひ)つたのです。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大家(たいか)高堂(かうだう)、手(て)が屆(とゞ)かず、從(したが)つて鼠(ねずみ)も多(おほ)ければだけれども、小(ちひ)さな借家(しやくや)で、壁(かべ)の穴(あな)に氣(き)をつけて、障子(しやうじ)の切(き)り張(ば)りさへして置(お)けば、化(ば)けるほどでない鼠(ねずみ)なら、むざとは入(はひ)らぬ。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)