おび)” の例文
颱風たいふう……そのおびえ切った霊魂のドン底にわずかに生き残っている人間らしい感情までも、脅やかし、吹き飛ばし、掠奪しようとする。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
此犬はあまり大きくもないが、金壺眼かなつぼまなこの意地悪い悪相あくそうをした犬で、滅多めったに恐怖と云うものを知らぬ鶴子すら初めて見た時はおびえて泣いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この途端に抱寝していた小児こどもが俄におびえて、アレすみが来た、怖いよゥと火の付くように泣立てる。
お住の霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
馬鹿〻〻ばか/\しいことだが、此の様な事もあつたかと思ふと、何程都の人〻が将門におびえたかといふことが窺知うかゞひしられる。菅公におびえ、将門に魘え、天神、明神は沢山に世にまつられてゐる。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
しかし今彼は破産してしまって、郊外の破屋あばらやに棲んでゐるのであった。女房も丁稚もゐなかった。なにくそ、大丈夫だ、この家が顛覆するなら、してみろと彼はおびえながら闇の中で力み返った。
難船 (新字旧仮名) / 原民喜(著)
汗を拭いていた一知青年が、急に暗い、おびえたような眼付をしてうなずいたのを見ると、草川巡査も何気なく点頭うなずいてマユミを振返った。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
の画工の筆に成った恐しき婦人の絵姿はのほど全く出来しゅったいしたが、何さま一種云われぬ物凄い恐しい顔である、婦人の如き、の図を一目見るやたちまちにおびえてふるえて
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その一言一句に肩をすぼめ、眼を閉じておびえながらも、不思議なほど冷然と聞いていた呉羽は、やがて冷やかな黒い瞳をあげて微笑する。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ある日の夕ぐれ、突然だしぬけにドドンと凄じい音がして、俄に家がグラグラと揺れ出したので、去年の大地震におびえている人々は、ソレ地震だと云う大騒ぎ、ところが又忽ちに鎮って何の音もない。
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
次から次に夢の中へ現われて来るので、そのたんびに胎児は驚いて、おびえて、苦しがって、母の胎内でビクリビクリと手足を動かしている。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一瞬間にコンナ事を考え廻らしつつおびえ、わなないている私の顔を、椅子の上にり返った正木博士は依然として微笑を含みつつ眺めていた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
女将かみさんは返事をする準備として、とりあえず取って付けたようにおびえた顔をした。この辺には珍らしく眉を剃って鉄漿おはぐろをつけているからトテモ珍妙だ。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と云いながらお神さんは、一層おびえた表情になって、唾をグッとみ込んだ、私はめたと思いながら帳場に近づいて、火鉢の炭団たどんにバットを押しつけた。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
思わず両手で頭の毛を掴み締めつつ、次に出て来る正木博士の言葉を、針の尖端のようにおびえつつ待っていた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
四人の警官に取巻かれた戸若運転手はチョッとおびえたらしい。サッと唇の色をなくしたが、交通巡査がいで遣った熱い茶をすすると又一つホッと溜息をした。
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おびえたであろう。しかし、生活の鞭に追われて毎日毎日この社会に出入りしているうちに、彼女達は次第にこの不忠孝不仁義の気儘さに見慣れ、聞き慣れて来た。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
物々しい一行の姿にスッカリおびえてしまったらしく、一人も家の中に這入はいろうとする者は無かった。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼の頭の中のように夕霧の立籠めた中からポカリポカリと光り出して来る自動車の燈火あかりやネオンサインにおびえ魘えよろめいて行くうちに、余程長いこと歩いたのであろう。
進化か退化か知らないが、東京人がこうまでおびえてちぢこまっているかと思うと情なくもある。
そうして百に近い負傷兵の何となくおびえた、怨めしそうな、力ない視線に私の全神経が射竦いすくめられて、次第次第に気が遠くなりかけて来た時にヤット全部の診察、研究が終ると
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は愕然がくぜんとなった。おびえたゴリラのように身構えをし直して、少女の顔を振り返った。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その唇の近くで白い指先をわななかしながらすぐ傍の芝生の上に残っている輪形の鉢の痕跡あとを見まわしていたが、やがてオドオドしたおびえたような眼付きで、階段の上を見上げた。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と大見得を切って立ち上っても、臆病者の鼻の表現は必ずおびえた色を見せております。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おびえたような眼付をした。その火の玉というのは、犯人が被害者の隠しているかねを探している懐中電燈の光りじゃなかろうか……といったような想像が、直ぐに頭へピーンと来た。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ボーイはその剣幕に驚いて一寸後退あとじさりをしたが、おびえた眼付きをして私を見上げた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今更のようにおびえた蒼白い顔を時々見交していたものであったが、その晩一晩置いて翌る朝の八時頃、隣家となりの田宮特高課長の処から、尋常一年生の坊ちゃんが、私を迎いに来てくれたから
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
伊那少年の横顔からサッと血の気がせた。おびえたように眼を丸くして俺と船長の顔を見比みくらべた。ホットケーキを切りかけた白い指が、ワナワナと震えた。……船長も内心愕然ぎょっとしたらしい。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そんなにおびえる位なら、そんな恐怖こわい家の近くへ来なけあいいにと思った。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私の周囲には二三人の田植連たうえれんが、おびえた顔をして立っているきりである。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
呼吸をおびえさせながら、そうして如何にも大事件らしく呼び交す感傷的な叫び声の中に、色々の鳥や、虫の影を飛立たせながら、眼も眩むほどイキレ立つ大地の上を汗にまみれていまわった。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのおびえた眼色を見返した良助も一緒に立止まってニッコリ笑った。
そうしておびえたように唇をわななかしつつ切れ切れに云った。
霊感! (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と未亡人はおびえた声で云った。妻木君はホッとため息をした。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おびえたような眼つきで、チエ子と、父親の顔を見比べた。
人の顔 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
青白いおびえたような眼付きで交通巡査の顔を見た。
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうして田舎者をおびえさしているのである。
と青眼先生はおびえたような声で申しました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)