香気にほひ)” の例文
旧字:香氣
紳士はそれを聞くと、黙つて婦人を連れて窓際の小卓こづくゑに案内した。つくゑの上には真紅まつかな花が酒のやうな甘つたるい香気にほひを漂はしてゐた。
「叔父さん、これを御覧なさい、甘い椿のやうな香気にほひがするでせう。」とお栄はチュウリップの咲いた鉢を持つて来て見せた。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
見るとお母様はすぐに隣りの金持ちの裏の畠から桑の葉を千切つて来てとこの上に撒いて遣りますと蠶はみな桑の葉の香気にほひを慕ひ寄つて来ましたからとこの上に仕切を
金銀の衣裳 (新字旧仮名) / 夢野久作(著)
然し、私は日本酒だけは、どうしても口にする気がしないです……香気にほひを嗅いだ丈けでも慄然ぞつとします。
一月一日 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
あをうみの 底にひそめる薔薇ばらの花、とげとげとしてやはらかく 香気にほひかねをうちならす薔薇の花。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
蜜蜂は箱から取り出されて、美しい香気にほひを嗅ぐと狂気きちがひのやうに花の中を転げ廻つたが、何時いつまで待つても蜜をこしらへようとはしなかつた。
三州味噌の香気にほひがどうだ、塩加減がどうだ、此の沢庵漬たくあん切形きりかたは見られぬ、此の塩からを此様こんな皿に入れる頓馬はない、此間このあひだ買つた清水焼はどうした、又こわしたのぢやないか
一月一日 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「あゝ、香気にほひだ。」と長ちやんは眼を細くした。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
これが発明出来て、寺内首相に白粉おしろい香気にほひがしたり、嘉悦孝子かえつたかこ女史に石油の香気にほひがする事が知れでもしたら、大変な幸福しあはせである。
大森氏はためつすがめつ髑髏しやれかうべを見てゐた。ちやう梅雨つゆ時分の事で、髑髏しやれかうべからは官吏や会社の重役の古手ふるてから出るやうな黴臭かびくさ香気にほひがぷんとした。
ところが、アンヌはその事実からおそろしい発明を企てゝゐる。それは人間の有つてる香気にほひから新しい香料を取らうとする事だ。
成程頭髪あたまに塗つてみるとすつとして気持がい。だが香気にほひだけは余り感心しなかつたので、よく調べてみると、上等のウイスキイだつたさうだ。
「うむ、花の香気にほひか。」父親は大学者のやうに落ついた調子で言つた。「あれは人間を娯ませるために出来てゐるんだ。」
その香気にほひをうまく利用する事が出来たら、化粧法は一段と進歩する事だらうし、恋をする人達は、さしづめ有力な材料が一つ殖えた事になる訳だ。
子供はそれ以後「何だつて花には香気にほひがあるのだらう。」と、一生懸命にそればかりを考へた。そしていつの間にか大学者になつて、やつとその問題を解く事が出来た。
味覚の発達した今の人の物を喰べるのは、其の持前の味以外に色を食べ香気にほひを食べまた趣致おもむきを食べるので、早い談話はなし蔓茘枝つるれいしくといふ人はあくどい其色そのいろをも食べるので。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
香気にほひにしてからがうで、石花菜ところてんを食べるのは、海の匂を味はひ、香魚あゆを食べるのは淡水まみづの匂を味はふので、今うして茸を食べるのは、やがてまた山の匂を味はふのである。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)