はこび)” の例文
門人が名主なぬしをしていて、枳園を江戸の大先生として吹聴ふいちょうし、ここに開業のはこびに至ったのである。幾ばくもなくして病家のかずえた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は又旅行案内を開いて、細かい数字を丹念に調べ出したが、少しも決定のはこびに近寄らないうちに、又三千代の方に頭が滑って行った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其實後片附をする、親戚へ挨拶𢌞りをする、何や彼やで一日も休息無しに駈けずり𢌞り漸く出京するはこびになつたのであつた。
いでや往きて彼夫人をたづね、その讚詞をも受けてましと、足のはこびも常より輕く、マレツチイ博士の家に往きぬ。
彼の病はいまだ快からぬにや、薄仮粧うすげしやうしたる顔色も散りたるはなびらのやうに衰へて、足のはこびたゆげに、ともすればかしらるるを、思出おもひいだしては努めて梢をながむるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
露にそぼちてか、布衣ほいの袖重げに見え、足のはこびさながら醉へるが如し。今更いまさら思ひさだめし一念を吹きかへす世に秋風はなけれども、積り積りし浮世の義理に迫られ、胸は涙にふさがりて、月の光もおぼろなり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
この入り組んだはこびを当前の道理で
はこび正しき紅玉の妙音楽は
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
書肆しょしの方には一年に月数拾円の損として他方に広告機関ともなる利益もあるはずこの条件に近い所にて大倉もうけ合ひさうなものに候がどういふ工合ぐあいにて謝絶せしやら何はともあれ来月中旬にいづれ雑誌発刊のはこびと存候ついてはほぼ原稿締切期限等御示教被下度ごじきょうくだされたく候小生も何か一文いちぶん寄稿したく候
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
岡田は俯向うつむき加減になって、早めた足のはこびを緩めずに坂を降りる。僕も黙って附いて降りる。僕の胸のうちでは種々の感情が戦っていた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は又旅行案内をひらいて、細かい数字を丹念たんねんに調べしたが、少しも決定のはこび近寄ちかよらないうちに、又三千代の方にあたますべつてつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
此よりいかなる話のはこびなりしか知らねど、我等二人は忽ち又古のエトルリヤ人(昔羅馬の北に住みし民)の遺しゝ陶器すゑものの事を論ぜざるべからざることゝなりぬ。
お峯は又一つ取りてき始めけるが、心進まざらんやうにナイフのはこびいよい等閑なほざりなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
恐くは国事に奔走した事などの為め、御召出しのはこびに行かなかつたものであらう。のち失行があつて終をよくしなかつたのも惜しむべきである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
余は母の書中の言をこゝに反覆するに堪へず、涙の迫り来て筆のはこびを妨ぐればなり。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
岡田は慌てたように帽を取って礼をして、無意識に足のはこびを早めた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)