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きんじゅ
ふりがな文庫
“
近習
(
きんじゅ
)” の例文
近習
(
きんじゅ
)
の者は、皆この鬢をむしるのを、彼の逆上した
索引
(
さくいん
)
にした。そう云う時には、互に
警
(
いまし
)
め合って、誰も彼の側へ近づくものがない。
忠義
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
先ごろ、ご
近習
(
きんじゅ
)
の気のきいたのが一人欲しいようなことを仰っしゃっていたから、
御辺
(
ごへん
)
の運がよければ、多分、採用になると思うがね
新・水滸伝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
重症で曼公の遺法も功を奏せなかったと見える。三月二十八日に、長子
恒善
(
つねよし
)
が二十六歳で、柳島に隠居していた
信順
(
のぶゆき
)
の
近習
(
きんじゅ
)
にせられた。
渋江抽斎
(新字新仮名)
/
森鴎外
(著)
十二人の内四人は将軍と同じ装いをした
近習
(
きんじゅ
)
達、四人は鷹匠、あとの四人は警衛の士で、微行とは言いながら、この時代にしては恐ろしく手軽です。
銭形平次捕物控:001 金色の処女
(新字新仮名)
/
野村胡堂
(著)
評判のある
葺屋
(
ふきや
)
町の色小姓でさえ、主水の前へ出ると
袖
(
そで
)
で顔を
蔽
(
おお
)
って恥らうというほどの美少年だったので、
寵愛
(
ちょうあい
)
をうけて
近習
(
きんじゅ
)
に選ばれ
擬作高
(
ぎさくだか
)
百石の
思召
(
おぼしめし
)
料をもらった。
鈴木主水
(新字新仮名)
/
久生十蘭
(著)
▼ もっと見る
実朝の
近習
(
きんじゅ
)
が、実朝の死と共に出家して山奥に隠れ住んでいるのを訪ねて行って、いろいろと実朝に就いての思い出話を聞くという趣向だ。史実はおもに吾妻鏡に
拠
(
よ
)
った。
鉄面皮
(新字新仮名)
/
太宰治
(著)
そのときまでは順徳天皇の
近習
(
きんじゅ
)
として、『
禁秘御抄
(
きんぴみしょう
)
』にも名を記されており、なかなか実務的でよく働いたらしく、また
蹴鞠
(
けまり
)
には天分があって、後鳥羽院がその方へしばしば御召しになった。
中世の文学伝統
(新字新仮名)
/
風巻景次郎
(著)
代二郎は支度を直して、老職の詰所を
覗
(
のぞ
)
いたうえ、そこにも誰もいないのを見て広敷へいった。広敷には坊主や
近習
(
きんじゅ
)
番たちが集まって、みんな顔色を変え、うろうろと立ったり坐ったりしていた。
初夜
(新字新仮名)
/
山本周五郎
(著)
右京殿は
四辺
(
あたり
)
を見廻し、
近習
(
きんじゅ
)
に向い
後の業平文治
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
そこで、また、例の如く、命が住吉屋七兵衛へ
下
(
くだ
)
ろうとした——丁度、その時である。一人の
近習
(
きんじゅ
)
が斉広の旨を伝えに、彼等の所へやって来た。
煙管
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
その大名の
近習
(
きんじゅ
)
の者と恋をして、やがて浮名が立つと、腹を切った男をすてて、自分ひとりで
越後
(
えちご
)
から江戸まで逃げのびて来たという履歴を持っていた。
魚紋
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
その子
宇平太
(
うへいた
)
は始め越中守
重賢
(
しげかた
)
の給仕を勤め、後に
中務大輔治年
(
なかつかさたいふはるとし
)
の
近習
(
きんじゅ
)
になって、
擬作高
(
ぎさくだか
)
百五十石を給わった。次いで
物頭列
(
ものがしられつ
)
にせられて
紀姫
(
つなひめ
)
附になった。文化二年に致仕した。
興津弥五右衛門の遺書
(新字新仮名)
/
森鴎外
(著)
弔問の客は多く、藩主からも
近習
(
きんじゅ
)
番の者が、非公式でくやみの意を伝えに来た。父の六左衛門は病気ちゅうのことで、もちろん客の前へは出なかったし、心配したほど驚きも悲しみもみせなかった。
古今集巻之五
(新字新仮名)
/
山本周五郎
(著)
暫くして
近習
(
きんじゅ
)
が出てまいりまして
後の業平文治
(新字新仮名)
/
三遊亭円朝
(著)
そのいちばん奥にだけ
仄青
(
ほのあお
)
い燭の光が洩れている。光秀はそこにいた。
近習
(
きんじゅ
)
も小姓も見えない。ただ独り
白絽
(
しろろ
)
の小袖を着、太刀、
脇息
(
きょうそく
)
を寄せて坐っていた。
新書太閤記:07 第七分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
目付は、元来余り天文なぞに信を
措
(
お
)
いていない。が、日頃この男の予言は、主人が尊敬しているので、取あえず
近習
(
きんじゅ
)
の者に話して、その旨を越中守の耳へ入れた。
忠義
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
自分は御先代の引立てをこうむったには違いない。しかし元服をしてからのちの自分は、いわば大勢の
近習
(
きんじゅ
)
のうちの一人で、別に出色のお扱いを受けてはいない。ご恩には誰も浴している。
阿部一族
(新字新仮名)
/
森鴎外
(著)
ここに人目はないにせよ、すぐ
幕
(
とばり
)
の外に
近習
(
きんじゅ
)
たちがいるので、家来の耳を気がねするふうなのてある。
新書太閤記:06 第六分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
そこで、斉広は、
本郷
(
ほんごう
)
の屋敷へ帰ると、
近習
(
きんじゅ
)
の侍に向って、愉快そうにこう云った。
煙管
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
「なるほど、
小蘇
(
しょうそ
)
学士の
吹挙
(
すいきょ
)
だけあって、この書生なら、当家の
近習
(
きんじゅ
)
に加えても恥しくはないな」
新・水滸伝
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
縛り首にしろと云う命が出た事は、
直
(
ただち
)
に腹心の
近習
(
きんじゅ
)
から、林右衛門に伝えられた。
忠義
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
こんなとき、彼を中心とする一群の若い
近習
(
きんじゅ
)
たちは、決して、歯に
衣
(
きぬ
)
などは着せていない。
新書太閤記:10 第十分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
家康は、その
軽浮
(
けいふ
)
な
驕
(
おご
)
りを、
戒
(
いまし
)
めて、
近習
(
きんじゅ
)
の口から諸士へ伝わるように、わざと話した。
新書太閤記:11 第十一分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
入れかわりに、燭を持った
近習
(
きんじゅ
)
が、もの静かに、二ヵ所へ、明りをすえて去った。
新書太閤記:11 第十一分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
次の間で酒もりしていた
近習
(
きんじゅ
)
や能役者たちは、秀吉夫妻のめずらしい——いや、めずらしくない夫婦喧嘩に——見て見ぬふりをし合っていたが、そのとき秀吉の方から、かえって大声で
新書太閤記:11 第十一分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
四月初めの微風を駒のうえに味わいながら、この日、秀吉は、楽田を出て、家康の小牧本陣と、附近の敵塁をつぶさに望見しながら、小姓、
近習
(
きんじゅ
)
など十数騎をつれ、犬山のほうへ道をかえて来た。
新書太閤記:10 第十分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
布を
噛
(
か
)
んで、
肱
(
ひじ
)
の
槍痍
(
やりきず
)
を巻いていた野中三五郎という若い
近習
(
きんじゅ
)
が
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
ごんぞが去ると間もなく、またも信長からの
近習
(
きんじゅ
)
が駈けて来て
新書太閤記:03 第三分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
近習
(
きんじゅ
)
たちは、
大廊下
(
おおろうか
)
に待って、秀吉の供についた。
新書太閤記:10 第十分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
あわただしく、小姓や
近習
(
きんじゅ
)
の足音が追う。
新書太閤記:04 第四分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
と、
近習
(
きんじゅ
)
の侍が叱った。
新書太閤記:03 第三分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
“近習”の解説
近習(きんじゅ、きんじゅう、きんしゅう)は主君の近くに仕えること。あるいは仕える人のことを指す。「きんしふ」の変化した語。類語、縁語としては近侍、近臣、近習衆、近習番など。
(出典:Wikipedia)
近
常用漢字
小2
部首:⾡
7画
習
常用漢字
小3
部首:⽻
11画
“近習”で始まる語句
近習頭
近習番
近習詰
近習方
近習者
近習衆
近習小姓
近習医者介