谷戸やと)” の例文
谷戸やとの奥へ逃げて行った……ゆるしておけないから、やつのふところで、山岸カオルと話しているところへ行って、しょっぴいてやった
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おそらくはその邑落に小さい市でも立っていた地と考えたのであろう。これとよく似ているのは関東の「何ヶ谷戸やと」である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
隣村も山道半里、谷戸やと一里、いつの幾日いつかに誰が死んで、その葬式とむらいに参ったというでもござらぬ、が杜鵑ほととぎすの一声で、あの山、その谷、それそれに聞えまする。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤い谷戸やとの薬師の縁日のちまたから、その晩、彼が帰ったのは、ずいぶん、遅かった——
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はだしで谷戸やとを歩きまわったり、罐詰をひっぱりだして食べたり、二三日、ケダモノのようになって暮すことがあるわ
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
谷戸やとの方は、こう見たところ、何んの影もなく、春の日が行渡ゆきわたって、くもりがあればそれがかすみのような、長閑のどかな景色でいながら、何んだかいや心持こころもちの処ですね。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜があけると海の見えないところへ逃げて行きたくなり、その日いちにち、谷戸やとから谷戸へ、さすらい歩いた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
もっともこうした山だから、草を分け、いばらを払えば、大抵どの谷戸やとからもじることが出来る……その山懐やまふところ掻分かきわけて、茸狩きのこがりをして遊ぶ。但しそれには時節がやや遅い。
あとを慕ってくると思っていたが、それは見当ちがいで、上の谷戸やとへ帰るひとだった。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
市営なんのって贅沢ぜいたくなのは間に合わないけれどね、村へ行くと谷内谷内やちやちという処の尼寺の尼さんが懇意ですがね。その谷戸やと野三昧のさんまいなら今からでも。——小屋に爺さんが一人だから。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
筑摩川ちくまがはは、あとに月見堂つきみだうやまかげから、つきげたるあみかとえる……汽車きしやうごくにれて、やまかひみね谷戸やとが、をかさね、あぜをかさねて、小櫻こざくら緋縅ひをどし萌黄匂もえぎにほひ櫨匂はじにほひを、青地あをぢ
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
いつも小児こどもが駆出したろう、とそう言うと、なお悪い。あの声を聞くとたまらねえ。あれ、あれ、石を鳴らすのが、谷戸やとに響く。時刻も七ツじゃ、とあおくなって、風呂敷包打置ぶちおいて、ひょろひょろ帰るだ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ハイぶうらりぶうらり、谷戸やとの方へ、行かしっけえ。」
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)