かぶ)” の例文
妹さんだって油画あぶらえかきだわ。みんな阿母さん系統なわけなのよ。それにしても私にかぶさって来るあの人たちの雰囲気ふんいきはいいとはいえないわ。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は帽子を眼深にかぶつて、バツトを抱いて家を出ました。私の姿を見出した友達は「よく来て呉れた。」と云つて私の手を取つて喜びました。
初夏 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
そこは夜叉達が牛や馬の皮を持ってきて、それを尼僧の頭からかぶせていた。覆せられた者はそれぞれ牛や馬になった。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
自動車は近路をするらしく、しきりに暗い通りを曲がっていたが、突然にぎやかな明るい通りへ出た。私は少し酔った風をして、帽子を前のめりにかぶった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
お房の眼の上には、ひとみが疲れると言って、硼酸ほうさんに浸した白い布がかぶせてあった。時々痙攣の起る度に、呼吸は烈しく、胸は波うつように成った。頭も震えた。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
箱詰になったような重い空気が街の上にかぶさっている。遠くの煙突から細い煙が真直まっすぐのぼっていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
アルプス仕立の羽の帽子をかぶったり、ピッケルをかついだりしたのは少ないが、錫杖しゃくじょうを打ち鳴らす修験者、ぎはぎをした白衣の背におひずるをかぶせ、御中道大行大願成就
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
摩違すれちがひざまに沈んだ目で車を見上げて過ぎた。憤を歯から出さぬと云つた意気込が小児こどもながらその顔に見えた。湯村は後から振返つたが、母衣ほろかぶさつてゐるので無論見えぬ。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
何物か私のかおの上にかぶさったようで、暖かな息が微かに頬に触れ、「憎らしいよ!」と笑を含んだ小声が耳元でするより早く、夜着の上に投出していた二の腕をしたたつねられた時
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
裏手の井戸へ行こうとするらしい主膳の姿が、その雑草の中に隠れるのを、お角はあとをいて行くと、お角の姿もその雑草の中に隠れてしまうほどに、萩や尾花がかぶさっています。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見ると、手は手、足は足とバラバラの女人形に衣裳がかぶせてあったのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この村の昔の名主の屋敷あとで、かなりに広い平地一面に低い小笹がザワザワと生えかぶさっている。その向うの片隅に屋根が草だらけになって、白壁がボロボロになった土蔵が一戸前、朽ち残っていた。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
小さな波が一つかぶさつて引いた時には石は見えませんでした。
晩春の健康 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)