表通おもてどおり)” の例文
西の内二枚半に筆太に、書附けたる広告の見ゆる四辻よつつじへ、いなせ扮装いでたちの車夫一人、左へ曲りて鮫ヶ橋谷町の表通おもてどおり、軒並の門札かどふだを軒別にのぞきて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もとより往来しげ表通おもてどおりの事わけても雨もよひの折からとて唯両三日中には鑑札がさがりませうからとのみ如何いかなる訳合わけあいにや一向いっこう合点がてんが行き申さず。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、また別な号外売りがあとからあとへと、かわかわり、表通おもてどおりを流していった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして折々自分はどうしても路地に生れて路地に育った人間ではない、死ぬまでにいつか一度元のように表通おもてどおりに住んで見たいものだと思う事もあるのであった。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
といって、濡手拭でゆびさしをしてくれた。蝶吉はその長屋の表通おもてどおりの口入宿に居たのであった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ブルブルとふるう助手の指先は、表通おもてどおりに面した窓を指した。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
ことし甲子かっしの暮春、日曜日にもあらず大祭日にもあらぬ日なり。前夜の雨に表通おもてどおりも砂ほこりをさまりて、吹き添ふ微風に裏町の泥濘ぬかるみも大方はかわきしかと思はれし昼過。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私はうしろからいきおいよく襲い過ぎる自動車の響に狼狽して、表通おもてどおりから日の当らない裏道へと逃げ込み、そして人におくれてよろよろ歩み行く処に、わが一家いっかの興味と共に苦しみ
表通おもてどおりの八百屋で明日あしたたべるものを買い、二人でかわる交る坊主持ぼうずもちをして家にかえったことがある。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
重吉は店口みせぐちに募集の貼紙はりがみが出してある処を見付け遠慮なく聞いて見るがいいというので、お千代は再び銀座へ出掛けたが表通おもてどおりにはそういう貼紙のしてある店が見当らない。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お照は約束たがえず翌日あくるひの晩、表通おもてどおりの酒屋の小僧に四合壜しごうびん銀釜正宗ぎんがままさむねを持たせ、自身は銀座の甘栗あまぐり一包を白木屋しろきや記号しるしのついた風呂敷ふろしきに包んで、再び兼太郎をたずねて来た。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鉄橋と渡船わたしぶねとの比較からここに思起おもいおこされるのは立派な表通おもてどおりの街路に対してその間々に隠れている路地ろじの興味である。擬造西洋館の商店並び立つ表通は丁度電車の往来する鉄橋の趣に等しい。
重吉はこの歳月としつき昼のうちはめったに表通おもてどおりへ出たことがないので、冬の日影もたちまち夏のようにまぶしく思われ、二重廻にじゅうまわしも着ずに出て来た身には吹きすさむ風の寒さ。急に腹が減ったような心持もする。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それを避けようと思って何方どちらかの軒下へ立寄ればいきなり屋根の上から積った雪が滑り落ちて来ないともわからぬので、兼太郎は手拭を頭の上に載せ、昨日歯を割った足駄を曳摺ひきずりながら表通おもてどおりへ出た。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)