“蔽(お)” の例文
「どうした」と云いながら、蔽(お)い被(かぶ)さるように細君と千代子の上から宵子を覗(のぞ)き込んだが、一目見ると急に眉(まゆ)を寄せた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
深山に連絡している周囲が、女のことについて、いろいろに自分を批評し合っているその声が始終耳に蔽(お)っ被(かぶ)さっているようで、暗い影が頭に絡(まつ)わりついていた。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
『あら、日出雄(ひでを)は、ま、どんなに憘(うれ)しいんでせう。』と言(い)つて、紅(くれない)のハンカチーフに笑顏(えかほ)を蔽(お)ふた。
と目を蔽(お)うていた袖口をはらりと落すと、瓦斯(がす)の遠灯(とおあかり)にちらりと飜(かえ)る。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小夜子は氷嚢を盆へ載(の)せた。両手を畳の上へ突いて、盆の上へ蔽(お)いかぶせるように首を出す。氷嚢へぽたりぽたりと涙が垂れる。孤堂先生は枕に着けた胡麻塩頭(ごましおあたま)を
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十幾年来覚えなかった安らかな夢を結んだりした時には、爛(ただ)れきった霊(たましい)が蘇(よみがえ)ったような気がしたのであったが、濁った東京の空気に還(かえ)された瞬間、生活の疲労が、また重く頭に蔽(お)っ被(かぶ)さって来た。
爛 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
石段(いしだん)を下(お)り切(き)ると、大(おほ)きな樹(き)の枝(えだ)が左右(さいう)から二人(ふたり)の頭(あたま)に蔽(お)ひ被(かぶ)さる樣(やう)に空(そら)を遮(さへぎ)つた。闇(やみ)だけれども蒼(あを)い葉(は)の色(いろ)が二人(ふたり)の着物(きもの)の織目(おりめ)に染(し)み込(こ)む程(ほど)に宗助(そうすけ)を寒(さむ)がらせた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
石段を下り切ると、大きな樹の枝が左右から二人の頭に蔽(お)い被(かぶ)さるように空を遮(さえぎ)った。闇(やみ)だけれども蒼い葉の色が二人の着物の織目に染み込むほどに宗助を寒がらせた。
門 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)