けだし)” の例文
けだしたからの在る所心もまた在る」道理で、お馨さんを愛する程の人は、お馨さんの死んだ米国をおもわずには居られないのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「澹父の何人なるやは未だ考へずと雖も、書中の言によりて推量するに、けだし備後辺の人の江戸に住みて、藝藩邸げいはんていには至密の関係ありし者なるべし」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
けだし陛下の心に非ず、実に奸臣のす所ならん。心なおいまだ足らずとし、又以て臣に加う。臣はんを燕に守ること二十余年、つつしおそれて小心にし、法を奉じぶんしたがう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
軒端を貸した秦の氏神が、母屋までもとられて、山を降つたものとすれば、客人神マラウドは、けだし、其後、命婦の斡旋によつて、いよいよ、動かぬ家あるじとなられた事であらう。
狐の田舎わたらひ (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
腰元は驚き恐れつゝくだんの部屋を覗けば、内には暗く行灯あんどうともりて、お村ははぎあらはよこたはれるかたはらに、一人いちにんの男ありて正体も無く眠れるは、けだし此家このやの用人なるが、先刻さきに酒席に一座して
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
清親の風景板画に雪中の池を描いて之に妓を配合せしめたのもけだし偶然ではない。
上野 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
亀尾かめを君訳エツケルマンのゲエテ語録の中に、少壮の士の大作を成すは労多くして功少きを戒めてやまざる一段あり。けだしゲエテ自身フアウストなどを書かんとして、りした故なるべし。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
けだし、同博士は同大学切っての謹厳剛直の士で、何事に限らず科学的に説明の出来ないものは一毫も相容れない性分であったので、八代大将の松葉喰いの話で少々おかんむりを曲げて御座るところへ
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
くど/\二言ふたこと三言みこと云うかと思うと、「それじゃまた」とお辞儀じぎをして往ってしまった。「弟が発狂した」が彼の口癖くちぐせである。弟とはけだし夫子ふうしみずからうのであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
けだし人事の間に後先ありて因果なきは、因果なきにあらず、因果のいまだ充分にあらはれざるものにて、小天地想ならざる個想は、即是れいまだ至らざる個想ならむのみ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
視天下之岐趨異説てんかのきすういせつをみて皆未甞出於吾道之外みないまだかつてわがみちのそとにいでず故其心恢然有餘ゆゑにそのこゝろくわいぜんとしてあまりあり夫恢然有餘それくわいぜんとしてあまりあれば而於物無所不包ものにおいてつゝまざるところなしけだし逍遙子が能くものを容るゝは、その地位人より高きこと一等なればなるべし。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
豊浦を経(豊浦は長府に神功皇后の廟ある故けだし名くる也)海辺の松原をすぎ一里卯月駅なり。榎松原をすぐれば海上に干珠満珠島見ゆ。一里半長府。松屋養助の家に休す。蓮藕れんぐうを食せしむ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)