腹這はらばい)” の例文
いやが上の恐怖と驚駭きょうがいは、わずかに四五間離れた処に、鳥の旦那が真白まっしろなヘルメット帽、警官の白い夏服で、腹這はらばいになっている。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今日は上天気の日曜なので、主人はのそのそ書斎から出て来て、吾輩のそば筆硯ふですずりと原稿用紙を並べて腹這はらばいになって、しきりに何かうなっている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
謙作は腹這はらばいになった。彼はひどく後悔した。昨日きのうの船に乗って帰ると云う電報を打ったことを思いだした。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すると捕手とりての方も手当は十分に附いているから、もし此の窓から逃出したら頭脳あたま打破うちわろうと、勝藏かつぞうと云う者が木太刀きだちを振上げて待って居る所へ、新五郎は腹這はらばいになってくびをそうッと出した。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そうしてそのたびに、下にしている方の肩の骨を、蒲団ふとんの上ですべらした。しまいには腹這はらばいになったまま、両肱りょうひじを突いて、しばらく夫の方を眺めていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、落ちつきのない声をかけながら障子しょうじけた。内には老人夫婦がこっちの方へ頭をやって寝ていたが、二人ともまだねむらないで、老人は腹這はらばいになって新聞を読んでいた。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
主人は面倒になったと見えて、ついと立って書斎へ這入はいったと思ったら、何だか古ぼけた洋書を一冊持ち出して来て、ごろりと腹這はらばいになって読み始めた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
津田は床の上に腹這はらばいになったまま、むしゃむしゃ口を動かしながら、機会を見計らって、お延に云った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は時計を見て、腹這はらばいになった。そうして燐寸マッチって敷島しきしまへ火をけながら、あんにお兼さんの返事を待ち構えた。けれどもお兼さんの声はまるで聞えなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人は座敷の障子を開いて腹這はらばいになって、何か思案している。恐らく敵に対して防禦策ぼうぎょさくを講じているのだろう。落雲館は授業中と見えて、運動場は存外静かである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腹這はらばい弥生やよいの姿、寝ながらにして天下の春を領す。物指ものさしの先でしきりに敷居をたたいている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ある晩、彼は小供の寝る夜具のすそ腹這はらばいになっていたが、やがて、自分のった魚を取り上げられる時に出すような唸声うなりごえげた。この時変だなと気がついたのは自分だけである。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
犯則を承知の上で、石段に腰をかけたり、腹這はらばいに身を浮かしたり、頬杖を突いてりかかったり、いろいろの工夫を尽くした上、表へ出て風呂場の後へ廻ると、大きな池があった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まあ寝ていらっしゃい。寝ていても話は出来ましょう」と、さも気作きさくに云う。余は全くだと考えたから、ひとまず腹這はらばいになって、両手であごささえ、しばし畳の上へ肘壺ひじつぼの柱を立てる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夏もすでに過ぎた九月の初なので、おおかたの避暑客は早く引き上げた後だから、宿屋は比較的閑静であった。宗助は海の見える一室の中に腹這はらばいになって、安井へ送る絵端書えはがきへ二三行の文句を書いた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すすきの上へ腹這はらばいになって、顔だけ谷の上へ乗り出して見たまえ」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
碌さんは青くなって、また草の上へ棒のように腹這はらばいになった。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)