脾肉ひにく)” の例文
地方土着の士人に至りてはなお脾肉ひにくせたるを慨嘆し、父祖伝来の戎器じゅうきを貯蔵して時機をちたる、これ当時一般の状態にあらずや。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
国境を守って、松倉家からの注進を聞きながら、脾肉ひにくたんを洩しているうちに、十余日が経った。いよいよ十二月八日、上使板倉内膳正いたくらないぜんのしょうが到着した。
恩を返す話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
駒木根おろしと岩を噛む大洋の怒濤とに育てあげられた少壮血気の士、いささか脾肉ひにくの嘆にくれていたところへ、生まれてはじめての華やかな舞台へ乗り出して
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その及び難いところへ、彼も遂にってしまった。そして地上の圏外からこの地上の争覇そうはを、今は永遠の傍観者として、脾肉ひにくの嘆きもなく、公平にていることであろう。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「立川飛行聯隊では、大分脾肉ひにくたんに、たえかねているようでは、ありませんか」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
戦後その身のかんなるがために所謂いわゆる脾肉ひにくたんえず、折柄おりから渡来とらいしたる日本人に対し、もしも日本政府にて雇入やといい若年寄わかどしより屋敷やしきのごとき邸宅ていたくに居るを得せしめなばべつかねは望まず
折に触れて渠らと邂逅して渠らの辣手らつしゅを振う経営ぶりを目のあたりに見る度毎たんびに自分の経済的手腕の実は余り頼りにならないのを内心あぶなッかしく思いながらも脾肉ひにくに堪えられなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
子供のあのイヤイヤのように見えるし、脾肉ひにくの嘆といった言葉をも思わせる。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
うたた脾肉ひにくたんに耐えないのであったが、これも身から出たさびと思えば、落魄らくはくの身の誰を怨まん者もなく、南京虫なんきんむししらみに悩まされ、濁酒と唐辛子をめずりながら、温突おんどるから温突へと放浪した。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
一同は脾肉ひにくたんを発してうでをさすった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
鮎子さんが、脾肉ひにくたんをもらす。
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「飲むよりほかに為すことはないじゃないか。いかに脾肉ひにくを嘆じたところで、時利あらず、風雲招かず、蛟龍こうりょうも淵にひそんでいるしかない。どうだ、貴公も酒の淵に潜まんか」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腕のあるやつは、脾肉ひにくの嘆に堪えないし、腕もなんにもない当世武士は、ちょいとした男前だけを頼りに、おんなに見染められて世に出ようというこころがけ——みんなが萩乃を狙っているので。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
青毛あおに騎乗して、名を成すべかりしを、ふと、その若駒わかごまの故障から、思い止まって、脾肉ひにくかこっていた渡が——天高き秋の仁和寺競馬を、千載せんざいぐうのときと、ふたたび手につばしていることである。