肥満ふと)” の例文
旧字:肥滿
おかの麦畑の間にあるみちから、中脊ちゅうぜい肥満ふとった傲慢ごうまんな顔をした長者が、赤樫あかがしつえ引摺ひきずるようにしてあるいて来るところでありました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
薄暗い廻り梯子を踏んで上がつて行くと肥満ふとつた南欧人らしい女主人が招牌かんばんどほりの金輪に乗つてゐる白鸚鵡に餌をやつてゐたりした。
旧東京と蝙蝠 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
一瞬間の後、でつぷりと肥満ふとつた、背丈の堂々たる人物が、哥薩克大総帥の制服に黄色い長靴といふ扮装いでたちで、大勢の随員をしたがへて現はれた。
不幸のあった米本の筋向うに、赤ペンキを生々しく塗ったポストがある。その陰で肥満ふとった荒物屋のお内儀かみさんが近所の人達としきりにしゃべっていた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
主婦にも劣らず肥満ふとつた、小い眼と小い鼻を掩ひ隠す程頬骨が突出て居て、額の極めて狭い、気の毒を通越して滑稽に見える程不恰好な女中が来て、一時間許りも不問語とはずがたりをした。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
デブデブ肥満ふとった漁師のかみさんが、袖無し襦袢じゅばんに腰巻で、それに帯だけを締めていた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
和田英作君の留学時代の若若わかわかしい写真と近頃のとを比べて「んなに変つたか」と問ふ。肥満ふとつた赤顔あかづらの主人は御人好おひとよしで、にこにこしながら僕がく度に外套を脱がせたり着せたりする。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ももッたア出すなッてえ、肥満ふとった乳母おんばどんがじれッたがりゃしめえし、厭味ッたらしい言分だが、そいつも承知で乗ってるからにゃ、他様ほかさまの足を踏みゃ、引摺下ひきずりおろされる御法だ、と往生してよ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
金「おめえなどはポッチャリ肥満ふとってゝお尻も大きいから子は出来そうだが」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
年は六十ばかり、肥満ふとった体躯からだの上に綿の多い半纒はんてんを着ているので肩からじきに太い頭が出て、幅の広い福々ふくぶくしい顔のまなじりが下がっている。それでどこかに気むずかしいところが見えている。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
やるせなきみだら心となりにけり棕梠の花咲き身さへ肥満ふとれば
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
肥満ふとった月が消えた
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その男は村長よりも肥満ふとつてゐて、身の丈はチューブの教父クームよりものつぽだつた。そこでソローハは彼を野菜畠へ連れこんで、そこで彼の言ひ分を聞くことにした。
彼の令嬢を付狙っていて殺された男、その加害者? の肥満ふとった男、その男に魔睡薬を用いて逃去ったあの令嬢と老婦人、そう考えてくると私には薩張さっぱり訳が分らなくなる。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
土地ところで少しは幅を利かした、さる医師の住つて居た家とかで、室も左程に悪くは無し、年に似合はず血色のよい、布袋ほていの様に肥満ふとつた、モウ五十近い気丈の主婦おかみも、外見みかけによらぬ親切者
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私は肥満ふとっているからげられぬ、と鍋釜なべがまの前で貧乏ゆすり。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肥満ふとりたる、頸輪くびわをはづす主婦めあるじ腋臭わきがの如く蒸し暑く
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と思うと急に伯父が二十年も若返ってデップリ肥満ふとった体躯を船長の制服ユニホームに包んで、快活らしく腕組をしている姿になった。それと共に、船着場に近い穏かな街の景色が見えた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
そのなかに肥満ふとりたる古寡婦ふるごけの豚ぬすまれし驚駭おどろき
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)