ほむら)” の例文
丈八郎は、憎悪そのものの眸を、している姉へも投げた。が、すぐそれが、一角の眼を見ると、よけいに、ほむらとなって
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新吉は此の金を持って遊び歩いてうちへ帰らぬから、自分はかえって面白いが、只憫然かわいそうなのは女房お累、次第/\に胸のほむらえ返る様になります。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
命かけての愛だの信実だのと云つた蜜のやうないつかの抱擁も千言万句の誓ひも歓語さゞめきも、但しは狂ひに狂つた欲念のほむら
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
この冷たさと容易に人に打ち明けない殼の中には、案外烈々と燃えさかる嫉妬しつとほむらがあるやも知れず、平次も妙に身内の引締まる念ひで相對しました。
その秘密をまた知って、おかんは嫉妬のほむらをいよいよした。世間しらずのお朝は、いたずらの罰が忽ち下されたのに驚いて、自分のからだの始末を泣いて重吉に相談した。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
息気いきせわしく吐く男のため息はあられのように葉子の顔を打った。火と燃え上がらんばかりに男のからだからは desire のほむらがぐんぐん葉子の血脈にまで広がって行った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは、横蔵、慈悲太郎のひとみの底で、ひそかに燃え上がった、情けのほむらを見て取ったからであろうか、二人の争いを未然に防ごうとして、紅琴が、世にも賢しい処置に出たのであった。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
けれども私の本心は、こいつにそんなにまで柳沢と見変えられたかと思えば、未練というよりもつらが憎くなって、どうしてこの恋仇あだをしてやろうかと胸は無念のほむらに燃えていた。するとお宮は
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
はしたなきもつれにもろくも水と冷ゆるは世の習ひなり、鷺を白しと云ひ、鴉を黒しといふも唯だ目にみゆるところを言ふのみ、人の心を尋ぬれば、よしなきことを諍ひては瞋恚しんいほむらを懐にもやし
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
彼の大きな姿がふさがるように厨子壇ずしだんの前に坐ったとき、障壁の紅蓮ぐれん白蓮びゃくれんも、ゆらめく仏灯も、ことごと瞋恚しんいほむらのごとく、その影を赤々とくまどった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うちに居ると継母に捻られるから、おっかさんよりはお師匠さんの方が数が少いと思って近く来ると、なお師匠は修羅をもやして、わく/\悋気りんきほむらは絶える間は無く、益々逆上して
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と、彼は事の重大と、瞋怒しんどほむらにわなないて、烈しい抗議の一書を、秀吉へぶつけたのであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
くわの下から火が燃え、かつぐ石材は熱鉄のほむらを立て、む水も湯のような焦熱しょうねつの刑場だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)