潮騒しおさい)” の例文
旧字:潮騷
そのカークの言葉を身にむように聴きながら、座間はくらい海の滅入るような潮騒しおさいとともに、ひそかにむせびはじめていたのだ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と、今度は反対側の廊下の方で潮騒しおさいのようなざわめきが聞えて、今弘少年が這入って来た戸口から水が室内へ流れ込んで来た。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
古いことばに潮騒しおさいというのがありますが、海鳴りはその音でしょう。海の荒れる前か、あるいは海の荒れたあとかに、潮のさわぐ音でしょう。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、その雲脚くもあしの如き勢も、城の間近まで来たかと思うと、ぴたと止って、ただ遠く潮騒しおさいに似た喊声かんせいが聞えて来るのみだった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五、潮騒しおさいはサラサラ発動機船はポンポン。かもめは雑巾のような漁舟の帆にまつわり、塩虫は岩壁のひだで背中を温める、——いとも長閑のどかなる朝景色。
お庭をわたる松風のと、江戸の町々のどよめきとが、潮騒しおさいのように遠くかすかに聞こえてくる、ここは、お城の表と大奥との境目——お錠口じょうぐち
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
が海は相かわらず潮騒しおさいの音を立てて、岸辺に打ち寄せていた。艀舟はしけ一艘いっそう、波間に揺れていて、その上でさもねむたそうに小さな灯が一つ明滅していた。
行手に当って、真黒な潮騒しおさいのような、何とも言えずすさまじいわめき声が、地をうようにひびいているのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
花見の人たちはその下を潮騒しおさいのように練っていた。幾つも幾つも団体の仮装が通った。喚声が高らかに至るところから上がった。子供の泣き声がした。喧嘩けんかがあった。
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼は舟の下を走る潮騒しおさいに耳をすました。音は自分の胸から湧きでるほど自然に聞えた。彼は力の張りきった自分の腕と股を見た。幸福がすべて宿っているように思われた。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
そのザブ(雑沓)のざわめきが、暗い池の端に立った俺の耳には何か遠い潮騒しおさいのようだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
濛々もうもうと煙が立騰たちのぼるばかりで、わたしのまわりはひっそりとしていた。煙の隙間すきまに見えて来た空間は鏡のように静かだった。と何か遠くからザワザワと潮騒しおさいのようなものが押しよせてくる。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
私の心の中から、潮騒しおさいに似た音を立てて、さまざまの言葉が出て来た。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そして其処もまた潮騒しおさいのような松風の音で溢れていた。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まへには荒磯ありそ潮騒しおさい、………
かの日の歌【一】 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
どうっ——と山巓さんてんからふきおろしてくる暁闇の大気が、武蔵のからだへ雨かとばかりしずくを落し、松のこずえや大竹藪を潮騒しおさいのように山裾へけてゆく。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
中間部屋ちゅうげんべやに馬鹿ばなしがはずんでいるらしく、どっと起こる笑い声が遠くの潮騒しおさいのように含んで聞こえる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして、群衆は潮騒しおさいのように崩れだした。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
潮騒しおさいの夕闇に、木津川みなとの灯は赤くそよいでいる。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)