涎掛よだれかけ)” の例文
与八も奇異なる思いをしながら、それをほどいて見ると、守り袋が一つと、涎掛よだれかけが一枚ありました。その守り袋を開いて見るとへそです。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
またこの飴屋が、喇叭らっぱも吹かず、太鼓をトンとも鳴らさぬかわりに、いつでも広告の比羅びらがわり、赤い涎掛よだれかけをしている名代の菩薩ぼさつでなお可笑おかしい。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仏蘭西人フランスじんきまって Servietteセルヴィエットおとがいの下から涎掛よだれかけのように広げて掛けると同じく、先生は必ずおりにした懐中の手拭を膝の上に置き
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今度は更に赤と白と青との涎掛よだれかけを作りて、矢張り首に纏いたるに、是れ亦前と同じく赤いのを喜んだ、我輩の家人も同様に観察して、其見る所同一であったから
猫と色の嗜好 (新字新仮名) / 石田孫太郎(著)
その木像は頭の形はもとより、目も鼻も口も分らず、ただすべすべしているのは、どれだけの人にさすられたのでしょう。それに涎掛よだれかけなどのしてあるのは妙な恰好かっこうです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
榮子に持たせてやる涎掛よだれかけだの帽子だのの買物に行つたその日の悲しい寂しい思ひ出がある。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それに、外出好きの母であったから、私に一人、つきっきりの乳母が居り、一日中面倒をみてくれていたのだから、私の涎掛よだれかけも、きれいな縫取のあるのが、たえずかえられていたにちがいない。
灰色の記憶 (新字新仮名) / 久坂葉子(著)
この願いが叶いましたら、人間になって後、きっと赤い唐縮緬とうちりめん涎掛よだれかけを上げます、というお願をかけた、すると地蔵様が、汝の願い聞き届ける、大願成就、とおっしゃった、大願成就と聞いて
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
石の首がぽくりと欠けて、涎掛よだれかけだけが残っていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
赤くはげたる涎掛よだれかけ
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
赤い涎掛よだれかけ
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
暗い中に、向うに、もう一つぼうと白いのは涎掛よだれかけで、その中から目の釣った、とがった真蒼まっさおな顔の見えるのは、青石の御前立おんまえだち、この狐が昼も凄い。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沢井の道場に、ひとり踏みとどまった与八は、道場のまんなかで、涎掛よだれかけをかけつつ、坐りこんで無性に泣いていました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
路傍ろぼうの淫祠に祈願をけたお地蔵様のくび涎掛よだれかけをかけてあげる人たちは娘を芸者に売るかも知れぬ。義賊になるかも知れぬ。無尽むじん富籤とみくじ僥倖ぎょうこうのみを夢見ているかも知れぬ。
飴屋が名代の涎掛よだれかけを新しく見ながら、清葉は若いと一所に、お染久松がちょっと戸迷とまどいをしたという姿で、火の番の羽目を出て、も一度仲通へ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こうして、お松とすべてを立たせてしまったその夜——沢井の机の家の道場の真中に坐って、涎掛よだれかけを自分の首にかけて、ひとりで泣いている与八の姿を見ました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
縁日はもう引汐ひきしおの、黒いなぎさは掃いたように静まった河岸のかわで、さかり場からはずッとさがって、西河岸のたもとあたりに、そこへ……そのは、紅い涎掛よだれかけの飴屋が出ていた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
普通は、本堂に、香華こうげの花と、香のにおいと明滅する処に、章魚たこ胡坐あぐらで構えていて、おどかして言えば、海坊主の坐禅のごとし。……辻の地蔵尊の涎掛よだれかけをはぎ合わせたような蒲団ふとんが敷いてある。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)