気易きやす)” の例文
旧字:氣易
「いいじゃないか、まだ。……おまえさんの顔を見たら、気易きやすくなったせいか、急に眠たくなった。寝かしといておくれ、すこしここで」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千代子はもとより誰彼の容赦なく一様に気易きやすく応対のできる女だったので、御嬢様と呼びかけられるたびに相当の受答うけこたえをして話をはずました。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かういふ気易きやすさを見て、暮しの方に安心した自分は、例の追ひ求むるこころを、歴史の上の不思議、古語の魅力へいよいよもっぱらに注ぐのだつた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
あの憂鬱ゆううつな日常から解放された気易きやすさで、庭へ出て花畑の手入れをしたり、はびこる雑草を刈り取ったり、読みさしの本を読んだりするのだったが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ヨ、よく来たナ、苦労したろう。エ? 苦労したでござろう。察する。察する。な、な、元通り気易きやすに願おう」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「いいえ、迷惑なことなんかちっともありませんよ。僕だって退屈で弱っているんだから」太田は相手の心に気易きやすさを与えるために出来るだけ気さくな調子で答えたのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
我強がづよい仙さんに引易ひきかえ、気易きやすの安さんは村でもうけがよい。安さんは五十位、色の浅黒あさぐろい、眼のしょぼ/\した、何処どこやらのっぺりした男である。安さんは馬鹿を作って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その経歴が芸妓となったり、妾となったりした仇者あだものであったために、多くそうした仲間の、打解けやすい気易きやすさから、花柳界から弟子が集った。彼女は顔の通りに手跡しゅせきも美しかった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
今の自分は兄のいる前で嫂からこう気易きやすく話しかけられるのが、兄に対して何とも申し訳がないようであった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを見ながら官兵衛は、店のかまちに腰を下ろして、わが家へ入るような気易きやすさで、草鞋わらじを解き、足を洗っていた。そしてふと軒に懸けてある古い板看板の——
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御番衆がひとしく手を突いて送っているのを見ると、気易きやすな態度でちょっと頭を下げながら、其処を通った。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただ湯の沸くのを待つだけが望みであるこの森厳で気易きやすい時間に身を任せた。木枯こがらしが小屋を横にかすめ、また真上から吹きおさへる重圧を、老人の乾いて汚斑しみの多い皮膚に感じてゐた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
二人きりの差向いは、一人でいるよりも寂しかった。第三者が他人の青年か何かである場合が一番気易きやすい感じであった。にぎやかにしゃべっている二人——葉子をみているのが、とりわけよかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今さら二君にまみえて他家の新参になるものもあるまいと、それから江戸に立ちいで気易きやすな浪人の境涯。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
で彼は、かえってそれを気易きやすく思ったように、帯の大小を取り外して、背の武者修行風呂敷とともに一つにからげ、塀の内の蓑掛みのかけの釘へ、預けるようにかけておいた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前夜よく寝られなかった疲労の加わった津田はその晩案外気易きやすく眠る事ができた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らはさも気易きやすそうな態度で、折鞄おりかばんに詰めて来た消毒器やメスやピンセットを縁側に敷いた防水布の上にちかちか並べた。夏もすでに末枯うらがれかけたころで、ここは取分けの光にいつもかげがあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もしこの気易きやすい状態が一二時間も長く続いたなら、あるいは僕の彼女に対していだいた変な疑惑を、過去にさかのぼって当初から真直まっすぐに黒い棒で誤解という名のもとに消し去る事ができたかも知れない。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
河岸ばかり多い暗い道は、墨江にとっても却って気易きやすい心地がした。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)