さわら)” の例文
対岸には山が迫って、檜木、さわらの直立した森林がその断層をおおうている。とがった三角を並べたように重なり合った木と木のこずえの感じも深い。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何処も彼処もぴかぴかと黒く光るなかへこればかりは新らしく容れられた縁の部厚なさわらの風呂桶の生々しい肌の色が、白くほっかりと浮んで見えた。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
近づく者は生きて帰れないという、かんば沢とか。そばへ寄ると人でも獣でもひき込むというさわらヶ池。などである。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
混凝土の泥溝どぶをもった道路が、青い雑草の中に砂利の直線で碁盤縞に膨れあがった。碁盤目の中には、十字にさわらまがきが組まれた。雑草は雨毎に蔓延はびこって行った。
都会地図の膨脹 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「なるほど、ひのきだね。檜は材木としては結構だが、こうして大森林の趣にして見ると、なるほど檜は材木の王だ。さわらも大分あるようだが、あいつも悪くないね」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「……棺桶といえばさわらか杉にかぎったもの。棺桶は棺桶だけの重さ。その日にかぎって重かろうわけなぞありますものか。老人をおからかいなすっちゃいけません」
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
焙籠鉄灸あぶりこてっきゅうに金火箸、さわらの手桶は軽かつた、山椒の擂粉木すりこぎこいつァ重い、張子の松茸おお軽い(下略)
下町歳事記 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
木曽の五木と称されている、杜松ねず羅漢柏あすなろさわら落葉松からまつひのきなどが左右に茂っている。山腹の細道は歩きにくく、それに夕暮れでもあったので、気味悪くさえ思われた。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蜘蛛くもの巣までが、埃をになって太くなっている、立場つづきの人家は、丈は低いが、檜やさわらの厚板で、屋根を葺いて、その上に石コロを載せている、松林の間から、北の方に
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
大洞山の名を冒すき筈で、ここにいう大洞山は、さわら谷の名で呼ぶのが普通の命名法であるが、大洞川の上流では此山が最高である所から、其名を負うようになったのであろう。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ああ早く三百円にお目にかかってあれもこれも……ねえ伸ちゃんといいたい気持ちで、寛子が振り返ると、啓吉も伸一郎も、裏の貧弱なさわらの垣根の下で、盛んに泥をこねかえしている。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私が道楽をして江戸を喰詰くいつめ前橋へまいってって、棟梁の処から弁当をげて、あなたの処へ仕事に往った時、わっちアあのくらいな土庇どびしはねえと、いまだに眼に附いています、さわらの十二枚八分足はちぶあし
森林保護の目的から伐採を禁じられている五木の中でも、毎年二百ずつのひのきさわらたぐいの馬籠村にも許されて来たことが、その中に明記してあった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すぐ下は杉とさわらの大きな林で、それはそのまま、右がわの谷のほうまで、深い森になって続いているが、その樹海の向うに、椹ヶ池の静かな水面が、見える。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
白檜しらべ唐櫓とうひ黒檜くろべ落葉松からまつなどで、稀にさわら米栂こめつがを交え、白樺や、山榛やまはんの木や、わけてはやなぎの淡々しく柔らかい、緑の葉が、裏を銀地に白く、ひらひらと谷風にそよがして
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
谷に沿うたところにはさわらが多くございますが、奥へ行くとひのきが多いのでございます、千古せんこ斧斤ふきんを入れぬ檜林が方何十里というもの続いているところは、恐ろしいほどの壮観でございます。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ホラノカイやさわら谷の源頭に当る秩父側は、針葉闊葉の混淆樹林が谷を埋め尽して、何処を水が流れているのか音も聞えない。恐ろしく丈の高い笹原を下り切ると椹谷と大常木谷との鞍部へ出る。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
檜木ひのきさわら明檜あすひ高野槇こうやまきねずこ——これを木曾では五木ごぼくという。そういう樹木の生長する森林の方はことに山も深い。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まわりにはひのきさわらや杉などの、ひと抱えもある樹ばかりで、どの幹も、霧のためにびっしょり濡れていた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もみさわらが細い枝を張り合っている、脂くさい空気を突ッついて、ミソサザイがしきりに啼く、岳川から石の谷を登る、水はちっともない、独活うどの花がところどころに白く咲いている
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
もみつがさわらけやきくり、それから檜木ひのきなぞの森林の内懐うちぶところに抱かれているような妻籠の方に、米の供給は望めない。妻籠から東となると、耕地はなおさら少ない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今さらのように豊富な檜木ひのきさわら明檜あすひ高野槇こうやまき、それからねずこなどの繁茂する森林地帯の深さに驚き、それらのみずみずしい五木がみな享保年代からの御停止木であるにも驚き
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼が先祖の一人ひとりの筆で、材木通用の跡をしるしつけた御免荷物の明細書によると、毎年二百駄ずつの檜、さわらの類は馬籠村民にも許されて来たことが、その古帳の中に明記してある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)