新仏しんぼとけ)” の例文
旧字:新佛
「お民、お前なぜ死んでしまつただ?」——お住は我知らず口のうちにかう新仏しんぼとけへ話しかけた。すると急にとめどもなしにぽたぽた涙がこぼれはじめた。……
一塊の土 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この日も定まった食物を調じ、人が共々に食事をすることは同じだが、一名を死人の正月、新仏しんぼとけの正月ともいう位で、ちっともめでたくはない正月であった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
きのう埋めたばかりの新仏しんぼとけの……。その新仏の墓をほりかえして……。もうそのあとは申上げられません。
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
同時どうじに一昨年さくねんふゆ衣絵きぬゑさん、婿君むこぎみのために若奥様わかおくさまであつた、うつくしい夫人ふじんがはかなくなつてる……新仏しんぼとけは、夫人ふじんの三年目ねんめに、おなじ肺結核はいけつかく死去しきよしたのであるが……
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
手桶片手に、しきみげて、本堂をグルリとまわって、うしろの墓地へ来て見ると、新仏しんぼとけが有ったと見えて、地尻じしりに高い杉の木のしたに、白張しらはりの提灯が二張ふたはりハタハタと風にゆらいでいる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
したがって、影法師三吉が検めた新仏しんぼとけはいうまでもなく代玉かえだまの与惣次であった。
仏間に入って見れば、二間幅の立派な仏壇に、蝋燭ろうそくが何本も立てて、大きい銅の香炉に線香がいてある。真ん中にある白い位牌いはい新仏しんぼとけのであろう。香炉の向うを覗いて見ると、果して蛇がいる。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
何も銀杏のせいと云う訳でもなかろうが、大方の檀家だんかは寺僧の懇請で、余り広くない墓地の空所くうしょせばめずに、先祖代々の墓の中に新仏しんぼとけを祭り込むからであろう。浩さんも祭り込まれた一人ひとりである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新仏しんぼとけの○○村の豪家ごうか○○氏の娘の霊である、何かゆえのあって、今宵こよい娘の霊が来たのであろうから、お前だち後々のちのちめにひそかにこれを見ておけと告げて、彼等徒弟は、そっと一室ひとまに隠れさしておき
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
初めは新仏しんぼとけの墓をあらして、死骸をほり出して喰っていたが、それがだんだんに増長して、此頃は往来の人間にまで飛びかかるようになって来たので、村中は大騒ぎで
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つちで庭掃く追従ついしょうならで、手をもて畳を掃くは真実まこと。美人は新仏しんぼとけの身辺に坐りて、死顔を恐怖こわごわのぞ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは多分いわゆる新仏しんぼとけの立場と子孫のまつりを受けずに迷っている三界万霊の態度とが、共に生人に好意をもたぬ点で、幾分か相通ずるものがあるように、考えられていた結果であろう。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
横浜の新仏しんぼとけ燐火ひとだまにもならずに、飛んで来ている——成程、親たちの墓へ入ったんだから、不思議はありませんが、あの、青苔あおごけが蒸して、土の黒い、小さな先祖代々の石塔の影に
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)