帆前船ほまえせん)” の例文
長椅子の横に、粗石あらいしを積み上げた大きな壁煖炉シュミネがあり、飾棚マントルピースの上には、日暦カレンダーや、目覚し時計や、琥珀貝こはくがいでつくった帆前船ほまえせんなどがのっている。
ただ港を出るとき這入はいるときに焚くけで、沖に出れば丸で帆前船ほまえせん、と云うのは石炭が積まれますまい、石炭がなければ帆で行かなければならぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
西洋の船にならって造った二本マストもしくは一本マストの帆前船ほまえせんから、従来あった五大力ごだいりきの大船、種々な型の荷船、便船、いさぶね、小舟まで
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
全く石川島いしかわじまの工場をうしろにして幾艘となく帆柱を連ねて碇泊ていはくするさまざまな日本風の荷船や西洋形の帆前船ほまえせんを見ればおのずと特種の詩情がもよおされる。
ただ胸ほどあるえ風呂の中に恐る恐る立ったなり、白い三角帆さんかくほを張った帆前船ほまえせんの処女航海をさせていたのである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
町のうしろになった丘の中腹には、海嘯のために持って往かれた発動機船や帆前船ほまえせんが到る処にあった。
海嘯のあと (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そう帆前船ほまえせんが岬へ集った。乗りこんだ生命知らずの土人は六十人。二百人みんなが「連れて行ってくれ。」とせがむのを断って、勇士の中の勇士をすぐった六十人だ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
この船は三本マストの帆前船ほまえせんにて、そのふなべりは青く錆びたる銅をもって張られ、一見してよほど古き船と知らる、船長はアフリカ人にて、色は赤銅しゃくどうのごとく、眼は怪星のごとく
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
そやけど、傴僂さんとこには、帆前船ほまえせんがあるさかいにのんし。勝手にどこへでも舟を着けて、わしらの知らん内に、東京へ行ったかも知れんな。あんた方、諸戸屋敷の旦那を御存知かな
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何万トンという鋼鉄船があるわけでなく、木造船の手こぎの帆前船ほまえせんであるから
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
メェフラワァは、約三百年前、信仰、生活の自由をけん為に、欧洲からはる/″\大西洋を越えて、亜米利加の新大陸に渡った清教徒の一群いちぐんピルグリム、ファザァスが乗った小さな帆前船ほまえせんである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この大きい樟の木のこずえの長い猿が一匹、或枝の上にすわったまま、じっと遠い海を見守っている。海の上には帆前船ほまえせんが一そう。帆前船はこちらへ進んで来るらしい。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その真紅な帆の帆前船ほまえせんが見えだしたのは、明治三十三四年ごろ、日本郵船会社の品川丸と云う古ぼけた千五百トン位の帆前船がドド根のあたりで沈没してから間もなくであった。
真紅な帆の帆前船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
きのうは、ベカッスさんが帆前船ほまえせんに乗り込むところまで行きました。きょうは、いよいよ船出しなくてはなりません。さまざまな手真似をまぜながら、あたしが読みだす。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
窓を開いてじっと見ていると、三人連れは段々小さくなって遂に岩蔭に隠れてしまったが、待つ程もなく、舟着場の方から一そう帆前船ほまえせんが、帆を卸したまま、私の眼界へ漕ぎ出して来た。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
進で行く中に、何も見えるものはないその中でもって、一度帆前船ほまえせんうたことがあった。ソレは亜米利加アメリカの船で、支那人を乗せて行くのだと云うその船を一艘見たり、ほかには何も見ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
影のように黒く立つ石川島の前側に、いつも幾艘となく碇泊している帆前船ほまえせんの横腹は、赤々と日の光にいろどられた。橋の下からき昇る石炭の煙が、時々は先の見えぬほど、橋の上に立ち迷う。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは、夏から秋の初めへかけてのことであるが、真紅まっかな血のように染まった太陽が、荒れ狂っている波と波の間に落ちる時分になると、西の方から真紅な帆をあげた帆前船ほまえせんが来るので
真紅な帆の帆前船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「ウン、帆前船ほまえせんだよ。メチャメチャにこわれている。マア、早く来てごらん」
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
白いしゃの窓掛けを蝶のようにひらひらさせ、花瓶のダリヤの花をひとゆすり、帆前船ほまえせんの油絵のがくをちょっとガタつかせ、妖精がたわむれてでもいるように大はしゃぎで部屋の中をひと廻りすると
キャラコさん:07 海の刷画 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
……あのね、……それは、ええと、……油絵の帆前船ほまえせんなんですけど、絵かきが、ボートをくことを忘れたもんだから、船が港へはいるたびに、船長さんは、おかまで泳がなくてはならないというの。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)