けわ)” の例文
なかあたりから谷が迫って景色がけわしく荒涼な鬼気を帯びて来る。それが上高地へ来ると実に突然になごやかな平和な景色に変化する。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし顔だちから云っても、表情から見ても、どこかにけわしいそうを具えていて、むやみに近寄れないと云った風のせまった心持をひとに与えた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『大清一統志』一八一に甘粛かんしゅくの馬踪嶺はけわしくて道通ぜなんだが、馬をこの山に失いあとを追うてたちまち婺州むしゅうに達してより道が開けたとづ。
クルック・タグの山麓さんろくには、海面下千フィートの深地がある。かつての鹹湖かんこは今は大部分涸渇こかつして、塩床のけわしい砂礫地されきちである。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
此渓流に沿うて下れば劒沢へは近いのであるが、渓は頗るけわしい、殊に水量の多い時は困難で危険である。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
あまりにけわしき対抗の意識の重苦しさを免れんために、表面を滑らかに社交的にしているにすぎない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「富士の雪は消える時がありましても、白山の雪は消えることがございません、あの高いけわしいところを、ずっとなぞいに左の方をごらんなさい、滝が見えましょう」
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何しろ道かと言えば道のようなものですけれども、どうにか足や手で駈け登ったり駈け降ったりする所があるというけわしい坂路を通って行くのですから随分難儀です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
鳳凰山地蔵岳の大花崗岩山は、そのけわしい荒くれた膚を、深谷の空気に、うす紫に染めている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
と学生は互に呼びかわして、そこから高いけわしい坂道を甲州の方へ下りた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その長いけわしい生涯を、この子も、「幸福」を探して歩くんだろう。蛍とまむしの眼玉を間違えて、噛みつかれるように、幸の代りに不幸を掴むだろう。自由を求めては、ひどい拘束を食うだろう。
そこで其處の名を懸木さがりきと言いましたのを今は相樂さがらかと言うのです。また弟國おとくにに行きました時に遂にけわしい淵に墮ちて死にました。そこでその地の名を墮國おちくにと言いましたが、今では弟國おとくにと言うのです。
自分はこれほど堕落して、おめおめ初さんの尻をいで行ったら、路が左の方に曲り込んでまたけわしい坂になった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこから馬を返し、木船きぶねに乗って向う岸に渡りパーチェという駅まで着きました。これはゲンパラという坂のけわしい山の下に在る駅であって、此駅ここ日暮方ひぐれがた着きました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
雪渓を横切って暫く其縁を下る、斜面がけわしくなって歩けなくなると、木立の中を右に衝き抜けて、前面を小さい尾根で堤防のように遮ぎられた緩い傾斜地に出る。ひどい笹だ。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
恋愛や骨肉の愛のごとく意志より発する愛のときはこの乖反はない。けれど認識より発する愛——隣人の愛、まことの愛のときにわれらはけわしきこの対立を感ぜずにはいられなくなる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しずかに歩くさえ、砂でも噛み当てたように、ガリガリ音がする、あまりけわしいから、迂回しようとして、足を踏みべらすと、石の谿たにが若葉をたたく谷風でも起ったように、バサバサと鳴り出して
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それからだんだん山に登って行くと、雨はどしどし降り坂はけわしいが、しかしこの辺の道は大分によく出来て居る。チベット国の境界になってるところで全く英領ではない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
しかし善と悪とはあくまでもけわしく対立せしめられなくてはならない。ただ造物主の知恵の内においてのみその対立は包摂せられる。われらはけっして悪をみずからに許してはならない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
悄気しょげた顔はどこにもない、油紙は人夫どもに処置させて、先刻げ込んだばかりの、白河内岳の頂上に立って、四方を見廻した、南の方、直ぐ傍近く間の岳(赤石山脈)と、悪沢わるさわ岳がけわしく聳えて
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
「そりゃ、分っています」と弟はけわしい物の云い方をした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)