すがた)” の例文
「それでは、その叔母さんの居処がお判りにならないのですな、それはお気の毒な……」と云って、侍は女のすがたをじっと見た。
花の咲く比 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
五十六七にもなろう、人品じんぴんのいい、もの柔かな、出家すがたの一客が、火鉢に手を重ねながら、髯のない口許くちもとに、ニコリとした。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窮するも命なることを知り、大難に臨んでいささかの興奮の色も無い孔子のすがたを見ては、大勇なるかなと嘆ぜざるを得ない。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
実は呉羽之介は、世にもまれなるおのがすがたの美くしさを、これまでハッキリと自覚したことはなかったのでした。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
イエスの前まで来た時その優しいうちにも威のこもったすがたに打たれて平伏ひれふし、「神によりて願う、我を苦しめ給うな」と大声にて叫びました(五の七)。
という相談をして、その夜人静まって後、ひそかに法然の棺の石の室の蓋を開いてみると画像生けるが如く、如何いかにも尊いすがたがその儘であったから皆々随喜の涙を流した。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
扨も窶れたるかな、はづかしや我を知れる人は斯かるすがたを何とか見けん——、そも斯くまで骨身をいためし哀れを思へば、深さは我ながら程知らず、是もが爲め、思へば無情つれな人心ひとごゝろかな。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
下市しもいちの驛まで乘つて行つたころは、遠く望んで見る大山でなしに、山の麓までも見得るやうになつた。雲の蒸す日で、山の頂きは隱れて見えなかつた。それがかへつて山のすがたを一層大きく見せた。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
地平線の上は水に煙つてゐて、はつきりとした物が見えないが、その上の方に遠く青空を支へて湖東から湖北の天を繞らしてゐる山のすがた逶迤ゐいとして連なつてゐるのが次第に明かに認められてきた。
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
御身のすがたにあやかり、美しく心の裝ひして御身にむかふのは
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
如来衛門はそれを聞くと、これもすがたをにわかに正し
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山水 またすがたを改む。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
実は、室に入って孔子のすがたを見、その最初の一言を聞いた時、直ちに雞豚けいとん場違ばちがいであることを感じ、おのれと余りにも懸絶けんぜつした相手の大きさに圧倒あっとうされていたのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一車は七日なぬか逗留した。——今夜立って帰京する……既に寝台車も調ととのえた。荷造りも昨夜ゆうべかたづけた。ゆっくりと朝餉あさげを済まして、もう一度、水の姿、山のすがたを見に出よう。さかり場を抜けながら。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
滿山のみどりは息をはずませて、今に降つてくるか今に降つてくるか、と待ち受けるかのやうでもあつた。低い雲はいよいよ低く、いつの間にかすがたを隱す山々もある。かなたには驟雨も來てゐたらしい。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)